わたしの侍女?
誤字報告ありがとうございます!
見直しても抜けております。本当に感謝です。
コニーは子どもの頃からの付き合い。実家にいた頃からずっとわたしの側にいた人。
それを疑う事はなかった。何故なら、アラン絡みの人物や出来事は忘れていたのに、目覚めた時唯一忘れることなく覚えていたのは、コニーただひとりだったから。
その信頼に疑問が生じたのはあのドレスの一件からだ。
コニーはワインのシミを抜くのが大変だったと言った。だが屋敷にはランドリーメイドがいて、奥方付きの侍女がする仕事では無い。
また家令は、夫アランの指示で縁起の悪いドレスは処分したと言った。はたして、処分するドレスの染み抜きなどするのだろくか?
そして処分された筈のあのクリームイエローのドレスが存在している。
もちろんシミひとつなく手触りも良く、汚れた痕跡などどこにも見当たらない状態で、当たり前のようにそこにあった。
誰かが嘘をついている?或いはドレスが偽物?
アランは、倒れたわたしを屋敷へ連れ帰る時に、ワインで汚れたドレスを見ている。今回クローゼットから出てきたドレスととても良く似ていると言った。
義母がクローゼットを確認するまで、そのドレスがそこにある事をわたしは知らなかった。いつからあったのだろうか?
それを知っているのはおそらく、わたしのクローゼットを把握しているコニーしかいない。
借り物の妻のように振る舞っていたわたしは、フランソワ家の使用人達を全面的に信用していなかったようだ。特に情緒不安定だった時期は人間不信に陥っていたので、身に付ける衣装や装身具などはよほど信用出来る人間、つまりわたしの侍女にしか扱わせなかった。それは侍女長にも確認済みである。つまり、あのドレスの謎を知るのはコニー以外には見当たらない。
*
発端はマリーカの言葉だった。
「ねえ、リアーナ、貴女の侍女ってあんな顔してたかしら?」
「顔?そりゃ老けたんじゃないの?」
「貴女が気にしないのならいいわ。昔ロラン子爵家へ遊びに行った時の貴女の侍女とは別人に見える。それだけの事だわ」
「何言ってるのよ。彼女はわたしが子どもの頃からうちにいて、わたしの世話をしてくれたのだから、年取って顔が変わって見えて当然じゃないかしら?」
マリーカは変な顔をした。
「ふうん。わたし達、小さい頃から行き来していたじゃない?貴女付きの侍女は確かにいたわよ。名前もコニーだったわ。だけど、あのコニーではないわ」
「どういう言葉?」
「うまく言えないのだけれど、不自然なのよね。ただの勘だけれど、女の勘って案外馬鹿には出来ないでしょう?常に化粧で武装していると、他人の妙な違和感にも敏感になるのよ」
マリーカはじっとわたしを見つめている。
「つまりね、幼馴染の使用人を忘れるほど、わたし達は浅い付き合いではなかった、って事よ」
マリーカは気まぐれで気位の高い人だけど、嘘をついてわたしを困らせたいというわけではないと思う。
ああ、モヤモヤする。もう少しでパズルの欠けていたピースが埋まりそうなのに。
*
コニーに頼んで温めたミルクにはちみつを入れてもらう。お腹を温めると寝つきが良いからと、毎夜飲まされている。
「コニーもいかが?」
「いえ、まだ片付けが残っていますからね。さあ、冷めないうちに召し上がってくださいよ。それよりリアーナ様、お話って何でしょうか?」
わたしはミルクの入ったコップを手に取り、半分くらい飲んでサイドテーブルに戻した。
彼女は何故だかわたしを『奥様』とは呼ばない。他人のいる所では取り繕うが、誰もいない時はリアーナ様と名前で呼ぶ。
「じゃあ、単刀直入に聞くわね。あのドレスなのだけど、何故クローゼットにあったの?いつからあったのか覚える?」
「はぁ、ドレスですか。あれはシミを抜くのが大変だったのですよね。
その後は家令が指示を出して処分した筈ですよ。わたしにもクローゼットにあった理由はわかりません。
ええ、先代伯爵夫人がいらっしゃって、クローゼットを確認した時に初めてあそこで見つけてびっくりしたんです」
「そう、コニーは知らなかったのね。では誰がクローゼットに入れたと思う?」
「そうですねぇ、侍女長でしょうか。リアーナ様のお部屋に勝手に入れる人間は限られますから」
「あのドレスについてどう思う?」
「薄気味悪いですよ」
「新品に見えない?よく似た別物」
「何故そう思われます?旦那様はあの時のドレスだと仰ったじゃありませんか」
「それがね、よく確認してみたら違うそうなの。アランは意外と独占欲の強い人なので、ドレスにちょっとした仕掛けを施していたのですって」
「なんですかそれは。旦那様がわたしに黙ってそんな勝手なことをなさるなんて」
件のドレスは、わたしが倒れた夜会の為に用意されたもので、アランの髪の金色に合わせたクリームイエロー。フランソワ家御用達のメゾンは、今は何故か取り潰しになってしまっているけれど、それも冤罪っぽいなあとわたしは睨んでいる。
で、件のドレスだが、届けの数日前にアランが訪れてある事を頼んだらしい。そのある事が、突如現れたドレスには無いと言った。言い切った。
「誰かがそっくりなドレスを作ったんだと思う。リアーナを怯えさせる為に」
仮にそうだとして、そんな事が出来るのだろうか。メゾンに協力させないといけないだろうし、万が一デザイン画を入手したとして、勝手に作れるものなのだろうか。
そしてわたしはコニーの言葉が嘘なのかどうかわかりかねていた。あくまで何も知らないと言うのなら、違う方向からせめてみようか。
「コニーとは長い付き合いよね。貴女いくつになった?」
「いきなり、何を仰るのですか?変なリアーナ様ですねぇ。また頭がおかしくなってしまったんですか?」
「ううん、全く。寧ろ最近ね、色々と思い出してきてるのよね」
「あら、それはようございました。旦那様との馴れ初めもすっかり思い出されたのですか?」
「すっかりではないけれど、実家の生活をね、思い出したのよ。お父様お母様お兄様、それにずっと世話をしてくれていた人の事」
「それはわたし、ですよ?リアーナ様が子どもの頃からずっと側にいました」
ミルクの入ったカップの中身を注視する。
うっすらと蜂蜜色をしたミルクの表面に膜が張っていた。
「わたしの侍女は7歳上のお姉さんだったの。親戚の男爵家の人で田舎から出て来ていたわ。そして、わたしが貴族学院在学中にお嫁に行ったのよね」
「……」
「それは貴女ではない。だって貴女はどう見ても若いもの」
コニーはニコニコと笑顔で、それがどうした?と肩をすくめた。
「…色々と思い出した?ご実家での事をですか?それともワインを飲んで倒れた事?」
モヤモヤしていた頭がすっきりとしてくる。先ほど飲んだ薬の効果の高さに笑みが溢れそうになる。
「思い出したのはね、コニー、貴女との付き合いはこちらに来てからって事かしらね。
貴女は一体だれなのかしら?どうして、わたしが子どもの頃から世話をしているなんて嘘をついているの?」
コニーは大笑いした。
「何仰ってるんです。やはりまだ頭の具合がおかしいようですね。
さあ、リアーナ様、そろそろ薬が効いてきたでしょう?たっぷりの蜂蜜で苦くはなかったと思いますよ。忘れましょうねぇ、色々な事、全て。さあ飲んでくださいよ、思い出されたら迷惑ですからねぇ」
本当にどうかしているわ。わたしの侍女はこんな顔ではなかった。こんな物言いをしなかった。こんなに下品で意地悪ではなかったわ。
「さあさあ!早く残りも飲みなさい。全て忘れて気持ちが楽になるから」
身体が言うことをきかない。わたしはカップを持ち上げ口元へと運ぶ。コニーがニヤリと笑うのを目の端で捉えた。
ガシャン……
*
目が覚めたら手を縛られて、床に寝転んでいた。
薄暗い部屋、分厚いカーテン。まだ夜か?いや、もう朝か?
起きねばならないが、身体が重たい。誰か……声を出そうとして猿轡に気がつく。血の気が引いた。
一体何故?どうして?
「気分はどう?」
背後から声を掛けられて慄く。背中は無防備だ。脊髄でもやられたら反撃も出来ない。恐る恐る身体を反転させた。ひとり、ふたり、いる。ひとりは男か。
視線を上げて侵入者の顔を確かめて、声にならない悲鳴を上げた。
「本当に残念よ。今まで騙されていた自分が情けないのもあるけれど、貴女に薬を飲まされていたなんてね。
コニー、ではないわね。これから取り調べられるけれど、本当の名前を教えてもらって良いかしら?」
お読みいただきありがとうございます。
体調を崩し寝込んでおりました。完全に戻るにはまだまだ時間がかかりそう。




