義母襲来
なんだかんだでアランに絆され、急接近したわたし達は一線を超えてしまい、夫婦としてやり直している。元々夫婦関係はあったと言うから心配していなかったけど、それでもやはり不安だったが、アランはわたしを大切に扱ってくれた。
やり直すというのは語弊があるが、再出発の意識が抜けないのは、わたしが勝手に誤解していたせいでもある。
アランはあんな見た目なのにとにかくマメな男で、
もう大丈夫だからとしつこく言っても、わたしの世話をやめようとしない。
寝室を一緒にしたので、入浴の手伝いはもとより、朝はきちんと起こして髪をといたり服を整えたりと、まるでメイドのような事を甲斐甲斐しく、しかも嬉々として行うのである。専属侍女のコニーが、わたしの仕事を取らないでくださいと、アランに文句を言うほどなのだ。
世の中のアランの容姿が好きな女性達が知れば、興醒めするかもしれない。わたしの夫としては及第点だと思うが、世話焼きの美形など世間の人は見たくはないだろう。
過去のわたしがどんな気持ちだったかわからないけれど、この彼の行動が余りにもやり過ぎだったので、なんか嘘っぽいと思い込んでいたのではないかと思う。
しかし、断言する、あれは素だった。良くも悪くも本質はあんな人なのだ。三回偶然に出会した女に惚れてしまったが、相手がその容貌含めアランという人間にあまりにも興味がなさそうなので、やりたかったけどできなかった世話を焼いて、今思う存分妻に尽くしている、それがアランという人なのだ。
そしてそんなアランを育てた義母も大概な人だった。
頭を打って昏倒していた間、領地の義両親が一度訪れて、アランを叱責したと知ったのはつい最近の事だ。妻を守れない夫は不要だと、別の意味で離婚を勧めたそうだ。
とりわけ義母は、以前のわたしたちの関係に心を痛めていたようだ。息子があれ程望んだ嫁は、息子との間に壁を作っていて、夫婦間は一見うまく行っているようでも、実は息子の一方通行の片思い。
その理由はわたしの方にあるのだが、義母は息子に横恋慕したろくでもない女たちの誰かが、嫁に嫌がらせをして追い込んだせいでややこしくなってしまったと、勝手に結論づけていた。
かなりな部分は当たっているけど、わたしがアランに距離を取っていた理由としては弱い。
まあ、つまりのところ、わたしという人間が全てを受け止めるだけの度量も覚悟もなかった、それだけの事だ。ならば今は覚悟が出来ているのかと問われたら、一応死にかけた身ですからね、吹っ切れてしまったのだと思う。それにアランの本性も知ってしまった。
取り繕って『いい夫』を演じるのをやめ、言葉遣いも素に戻したアランは、愛情ゲキ重の過保護な夫に過ぎない。
初めは不憫な嫁を解放するつもりでいた義母は、息子と嫁との関係が改善した事を知った。
義母は息子の重たい愛をよく知っており理解していたので、こうなればもう、不憫な嫁は解放してやれない、ごめんなさいと、心の中でリアーナに詫びた。
「アランは女性恐怖症だったの。人間そのものに対して好き嫌いがはっきりしていたのよ。なんていうのかしら、仕分けしていたのね。大丈夫な人とそうでない人と。まあ、駄目な相手というのはほとんどご令嬢だったですけどね。
その反動からなのか、昔から犬猫などが好きで拾って来た猫を自分で世話をして育てていたわ。犬は番犬にしようと飼ったら、あの子の兄弟みたいに懐いちゃってね。
女性は嫌いでも、無垢な動物は甘やかして育てたから、番犬の役にたたないおっとりした犬や、アラン以外には懐かないわがまま放題の猫達がこの屋敷に溢れていたわね。だから、あの子の愛情の深さは間違いないわよ」
そうですが、わたしは犬猫と同じ扱いなのかしら。
とにかくその愛情の深さでもって今、全方位から囲い込まれている。
アランとの過去はどうでも、失った3年間はこれから築いていけば良いと義母は言ってくれた。過去の関係を悔やむより先の未来を大事にしなさい、と。たとえ犬猫への溺愛と同じ扱いだとしてもね、と義母に揶揄されて、力なく笑うしかなかった。
この義母という人が、良い人なんだか悪い人なんだかさっぱりわからない。
「それでね、マルロー公爵家から夜会のお誘いが来ているのよね」
何ですって!
「フランソワ家へ招待状を送っているが、一向に返事が貰えない。奥方はまだお悪いのか?まさか寝たきりなのか?と心配するふりをしての、偵察ってやつね」
「さようでございましたか。それはご迷惑をおかけいたしました。でも、偵察ならば尚更、お義母様とお義父様をお誘いになられているのではありませんか?」
「そんなわけがある筈がないでしょう?公爵様は、貴女が怪我をした時に側にいたのに、何の手助けも出来なかったと、ずっとご自分を責めてらっしゃるそうよ。
リアーナさんが元気な姿を見せて差し上げないと、公務に差し支えるくらいにね。この意味おわかりかしら?」
ええ、わかりましたとも。それは脅迫という事ですよね。
「リアーナさん、ドレスをお作りなさいな。気分も変わるわ。アランとお揃いにしなさい。
間に合わない?大丈夫よ。我が家の総力でもって間に合わせるから!」
義母が総力で間に合わせると約束してくれたが、結果的にそれは間に合わなかった。何故なら採寸の日に仕立て屋はやってこなかったのだ。
*
仕立て屋が詐欺紛いの行為をしていたとして、取り潰しになったのは、義母達がやってきた翌々日だそうだ。ちなみに採寸は取り潰された日に予定されていた。
その知らせを聞いて義母は怒って、他の店でドレスを買ってサイズを直しましょうと言い出したので、勿体ないから手持ちのドレスをリメイクしましょうと提案してみた。レースや宝石を付け足せば違った雰囲気になるはず。実家の子爵家ではそうやってリメイクしたドレスを着ることもあった。何故か乗り気になった義母とふたりで、クローゼットのドレスを確認してみた。
そして、これが良いわねと義母がクローゼットから選んだのは、なんと捨てたはずのクリームイエローのドレス。勿論染み抜きは完璧で、その痕跡は残っていないけれど、いったい何故処分したはずのドレスがそこにあるのだ?
わたしとて、クローゼットの中身は知っているつもりだ。夫人の部屋に隣接する小部屋がクローゼットで、ドレスを選ぶのが面倒なので管理は侍女に任せきりだが、もとより多すぎて困るほどの量は持っていない。ドレスというのは基本オーダーメイドなので、どのドレスをいつ仕立てたかくらいは覚えている……と言いかけてはたと気付いた。
結婚前後からつい最近までの記憶がないのだった。
どんなドレスをいつ仕立てたかは、わかっていなかった。これはもうお義母さまの言いなりになるしかない。
案の定、アランは激怒した。
両親がやってきて、公爵家への不義理は良くないと説得され、渋々夜会への参加を承諾させられたが、全く納得はしていない。
と言うのも主催は公爵家だが、主賓は王族。他国の貴族も訪れるという。アランは第二王子の側近と言うこともあって参加は必須。その際に、妻を帯同していなければ、ある事無い事噂になるのは目に見えている。
しかしそこには、天敵のマーガレット様や、わたしの昏睡に関わってると思われる公爵がいて、恐らくはマーガレット様子飼いの令嬢達が手ぐすねを引いて待っているだろう。
シャルルの妹フローレンスは、あの日以来おとなしくしているとアランは言ったが、ソミュール伯爵家とすれば、未婚で婚約者のいない彼女を売り込むために大きな夜会はまたとないチャンスでもある。
彼女の評判はよろしくないようなので、狙っているのはマルロー公爵が招待した隣国の貴族たちだろうか。
「母上は馬鹿なのか?リアーナにとってトラウマになりそうなドレスに手を加えるって?不吉だ!
それにすぐさま処分しろと指示したのに、何故あれが残っているんだ!」
アランから詰め寄られた義母は、まさか問題のドレスが残っているとは思ってもみなかったようだ。アランの色だし、貴方達夫婦の仲の良さを知らしめるにぴったりだと思ったのよと弁解した。
頭から湯気が出そうなくらい怒ったアランは、ドレスを切り刻むために、ハサミを寄越せと侍従を呼びつけた。
わたしは必死になってアランを宥めたのである。
「待って、アラン様!
これはまたとない機会かもしれないわ。このドレスを着て階段から落ちたことを知ってる人がいたら、その反応を見てみたいの。何かわかるかもしれないわ。
それに貴方が作ってくれたドレスなのでしょう?貴方の髪の色をしているもの」
アランはわたしをぎゅうっと抱きしめた。
「ああ!俺の奥さんはなんて切れ者で、なんて心優しいんだ」
義父母を前にして髪や頬に口付けるアランに、大きな咳払いをしたのは義父だ。アランと良く似た美形は
、あーそういうのは自分たちの部屋でやりなさいと言った。
確かに縁起の悪いドレスで、切り刻みたくなるのは同意するけれど、大事なのは何故クローゼットにあったのかという事。
ワインの染みを抜くのが大変だったとコニーは溢していた。彼女一人が作業したわけではないだろうし、そもそもそれはランドリーメイドの仕事であって、侍女の仕事ではない。
わたしはずっと引っかかっていた事があって、先日マリーカ達とお茶会をした時に尋ねた事があった。
その真偽を確かめるのは今しかないと思った。
「コニー、聞きたい事があるの。部屋に来てくれるかしら?」
わたしは、専属侍女のコニーと話をする事にしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
アラン母 名前未定 40代半ば。リアーナによると、大概な人らしい。
アラン父 名前未定 40代後半。領地でのんびりくらしている。
9/6 サブタイトルを仮タイトルのままだったので、変更しました。
いよいよマルロー公爵家へ乗り込む?その前に、因縁のドレスが戻ってくるという世にも不思議な出来事がありました。
 




