デート
吐く息は白く、その白い気体はまるで海月のように暗闇を彷徨い消えていく。僕と明日香さんは、寒空の下肩を並べて河川敷を歩いていた。
「明日香さん、クリスマスイブは何するの?」
「特に何も予定ないけど。まだ来月のシフト出してないし」
彼女は黒いジーンズにグレーのコートを着ている。バイト帰りのためシンプルな格好をしているけれど、それもあって綺麗な顔立ちが際立っている。
彼女が星空の下白い息を吐いている姿は、フランス映画の主人公のようだ。真横という絶好のカメラアングルにいることができる僕は幸せものだった。
「良かったら……映画に行きませんか?」
勇気を振り絞って声に出した。ここ何日かどう誘えばいいものかと考えていたけれど、結局直球しか思いつかなかった。様々な恋愛指南ブログに目を通したが、しっくりくるものが見つからなかった。
彼女は対岸から目を離さない。このアングルでは彼女の表情までは読み取れない。少しの沈黙にさえ耐えきれず、早口で間を埋める。
「来月公開される映画で観たいものがあるんですよ。真司達を誘ってみたんですけど、二人ともダメで。一人で行っても良いんですけど、どうせなら一緒にどうかな、なんて」
「募金君……」
彼女は僕の話を遮り、深いため息と共にボソッと口から漏らす。
「こういうのはチマチマ理由をつけちゃダメ。男らしくないよ」
彼女は突き放すような冷淡な声で言うと、速度を上げて僕の前を歩き出す。僕の目には彼女の後ろ姿しか映らない。また機嫌を損ねてしまったのか。
僕も歩く速度を上げて後を追う。すると彼女は急に立ち止まり、こちらを振り向いた。止まらなきゃ。彼女にぶつかるギリギリのところでなんとか僕の脚は止まった。
「ちゃんとエスコートしてよ」
彼女は満面の笑みで迎えてくれた。
心の底から喜びが溢れた。
このクリスマスを、決して忘れることができない一日にしよう。初めてできた好きな人と、初めて一緒に過ごすクリスマスだ。心に残らないわけがない。
それから僕のリサーチは始まった。まず大変だったのが、実は観たい映画がなかったことだ。映画に誘おうとは思っていたけれど、何を見るかは全く決めていなかった。きっと僕と彼女の好きな映画のジャンルは違う。彼女が好きそうなものを探さなければならない。しかも、映画を観るだけでなくディナーも予約した方がいいだろう。映画の前に何をするかも重要だ。考えることは山ほどある。
僕は彼女からの期待に応えなければならない。カオル君や真司にアドバイスを求めたけれど、彼らからは大した意見は何もでてこなかった。
「ごめん。急遽クリスマスイブにライブに出ることになって」
しかし彼女から断りの電話があったのは、十二月に入ったばかりの頃だった。