06 今日は、同僚の裏切りか~
俺こと敏腕エージェントは、今、逃走中だった。
まあ、なんだ……。母国との繋がりを見破られて、敵国に包囲される前に撤収したのだ。
決して、この敏腕エージェントが、ヘマした訳じゃない。
夜道をトラックで移動中なのだ。
「あなた……。他の従業員は大丈夫でしょうか?」
隣に座る妻……、元お姫様が質問して来た。
「心配無用だ。俺たちが殿なんだ。それに彼等は、ただの建築会社社員だよ。叩いたところでなにも出ない」
建築業者として生計を立てていたので、母国から従業員を雇っていた。
だが今いる敵国は、『怪しい』という理由だけでしょっ引く危ない国なんだ。
民間人の被害など出したくない。
問題があるとすれば、平凡エージェントが混じっていたくらいかな~。
あいつがドジったのだろうか……。
しかし、輸入建築会社としてしか活動していなかったのに、どうしていきなりこうなったのだろうか……。
敵国の警察署に仕掛けておいた盗聴器から、我々を逮捕する情報を得て撤退を決めたのだが、何処で情報を得たのだろうか?
最近の俺の活動は、『件の政治家の家に忍び込んだ』時のみだ。
「あ、そうそう。通信が入っていましたよ?」
赤信号で止まったので、通信紙に視線を落とす。
『敏腕エージェント、以前に組んだ女エージェントは何処にいるか知っているか? 君が結婚したと知ってから姿をくらませたのだ。連絡も取れない。とりあえず、足取りがつかめたら、連絡をくれ。ちょっと、重要情報を知っているので、結構ピンチなんだよ』
あれか……。俺が、『エージェント梵奴』と名乗っていた時に組んだエージェントだな。
だが、行方知れず?
考えていると、信号が青に変わった。
トラックを発進させる。
◇
もうすぐ国境だ。この地図にない山道を進めば、敵国を脱出できる。
ここさえ抜ければ、一時の安全を確保できる。そう思ったのだが……。
誰かが、道の真ん中で仁王立ちしていた。
トラックを止めて、俺は降り立った。
「久しぶりだな。女エージェント……鳥だったか?」
「エージェント梵奴……。その腕にしがみついているのが、あなたの嫁なの? 若すぎない? 釣り合いが取れていないわ」
嫁は、何かを悟ったのか、俺の腕に絡みついている。離さないという決意を感じる。
彼女たちの視線が、火花を散らしていた。
「行き場をなくした彼女を引き取っただけだ。独り立ちできるまでは、面倒見るつもりだ」
――ギュ
痛いんだけど? そんなに強く掴まないでくれ。痣になりそうだ。
エージェント鳥が、拳銃を向けて来た。
「今すぐ別れなさい! それと、私をパートナーにして!」
もしかして、今回の騒動って、この女の仕業か?
嫉妬は、見苦しい。
それと、妻は「ふっ」と軽い笑みを浮かべた。
それは良くないと思う。すっごい挑発になっているぞ?
エージェント鳥は、今にも発狂して、発砲しそうだ。
「決断が遅かったわね。もう結婚から三ヶ月も経っているのよ? なにもないと思っているの?」
妻が、お腹を擦った。聞いてないんだけど? いや……、心当たりはあるんだけどさ。
エージェント鳥は、奥歯をギリギリと噛み締めている。
暫くの沈黙……。沈黙が重いんだけど。
ここで、エージェント鳥が倒れた。麻酔かな? ピクピクしている。
彼女の背後より、誰かが姿を現した。
「んっ? 平凡エージェントか。こんな所でなにしてるんだ?」
「エージェント鳥の捕獲ですよ。敏腕エージェントの情報を流しておびき出しました。エージェント鳥は、とりあえず俺が預かります」
こいつの仕事だったのか。
まあ、不干渉が組織の不文律だ。任せよう。
俺たちは、トラックに乗り込み、国境を目指した。
「ふう~、これでとりあえずは、安全かな?」
「うふふ。途中で結構ピンチでしたね~」
「なあ……。お腹を擦ったのは、挑発なんだよな?」
「うふふ。今度一緒に病院に行ってみますか?」
◇
こうして、今日もこの国の平和が護られた。
敏腕エージェントの活躍は、終わらない。つうか、責任を取らされるかもしれない。
終わりが見えない戦いは、今後も続いて行く――かもしれない。