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異世界転移…だと?

 


 満月の夜。

 単身向けの1LDKの若干古めのアパートの1室。小さな丸いロウテーブルを3人で使うのは流石に窮屈だ。テーブルには、さっき私が握った海苔が巻かれただけのシンプルな塩おにぎりが4個乗ったお皿がデンッと真ん中に置かれている。

 1つを金髪碧眼の筋肉隆々な大男が、もう1つをおしりまで届く艷やかな長い黒髪を持つ華奢な美女が、それぞれ手にとった。

「…これは、このまま口に入れる物なのか?」

 2人のお茶を淹れている私に向かって大男が恐る恐る聞いてきた。

「そうだよ。オニギリ知らないの?」

「…はじめてだ。あ!お待ちを!」

 気まずそうに話す大男は、正面で美女がおにぎりにかじりつこうとするのを制した。

「まずは私から……」

 男は震えながらおにぎりをひと口食べた。口に入った途端、カッとクッキリ二重の目が見開かれて咀嚼しだした。ゴクリと飲み込むまでを、美女は心配そうに見守っている。

「……美味いです!どうぞお召し上がりください」

 とびきりの笑顔の男に釣られるように美女も美しく微笑んでおにぎりを口にした。

「……まあ、本当ね。華さま、作ってくれてありがとう」

「いやいや、ただのおにぎりだから。冷蔵庫に何もなかったからさー、明日はマトモな料理出すからね」

 面と向かってお礼を言われて華は恥ずかしかったが、2人が心の底からニコニコしながら美味しそうに食べる姿を見ると何故だがとても幸せな気持ちに満ち溢れた。

「温かいお茶もどうぞ……」

 華は2人にお茶を出したところで、ふと我に返った。



「……いや、イヤイヤイヤ!だから、あんた達誰よ」



 2人は驚いた顔で華を見た。

「……何で私、おにぎり握っちゃってんの?しかも、この狭い部屋で3人どうやって眠るか考えちゃってたんだけど?!怖っ!怖過ぎる!」

「華さま、落ち着いて。何も怖い事なんてありませんよ?こちらを見て?」

 取り乱す華の手をそっと握って美女が彼女の目を覗き込んでくる。

「いや、怖いでしょ!警察に行くはずだったのに何で家でおにぎり………そうだ♪お風呂入る?お湯溜めてくるね」

 暴れまわっていた華は美女と目が合うと急にトーンダウンした。

「オフロ?」

「体を洗う場所だよ☆………って、また?!なにコレ!何で私お風呂の用意しようとしたの?!」

 1人で騒ぎ立てる華を大男は冷静に観察している。

「ふむ…華さまは強靭な精神力をお持ちのようです。リーサ様の聖女の力が長く効きませんね」

 神妙な面持ちで見つめ合う2人を前に華は興奮を抑えきれない。

「その設定まだ続けるの?!そして何のアニメのコスプレなの?流行ってんのソレ?」

 大男は革素材であるが、シルバーに染め上げられ繊細なドラゴンの細工が施された鎧を身にまとい、リーサと呼ばれた聖女様は真っ白で薄手のサラサラなロングドレスに身を包んでいた。ウエスト部分のコルセットのようなベルトが彼女のグラマラスな体のラインを華やかに演出している。

「アニメとは何ですか?コ…コスプ…??」

 リーサがキョトンと心底不思議そうに質問してくるので、華は毒気を抜かれた。

「まあ、それは置いといて。とにかく!あなた達、さっきのは何?!」

「さっき?」

「光の玉から出てきたやつよ!」

「ああ!やはり貴女の精神力は強靭ですな。全て覚えてるんですね」

 大男は華を屈強な戦士でも見るかのように心から感嘆して賞賛した。



❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃❃


 

 華はテレビの音に耳を澄ませながら米を研いでいた。

『それでは、次はお天気のコーナーです。今日は人気急上昇中のアイドルグループMOCHIGOME(モチゴメ)のショウさんから皆様へお届けします』

 炊飯釜をセットしたところで聞こえてきた音声に華は反応して、急いで急速炊飯スイッチを押すと飛ぶ勢いでテレビ前のソファにダイブした。

『今晩は!MOCHIGOME(モチゴメ)のショウです♪今夜から明日にかけてのお天気をお届けします☆』

「はわわわわ〜尊い〜髪型可愛い〜♡」

 画面いっぱいにキラキラスマイルで映るアイドルに華の頬と涙腺が緩む。

『……です。さて!今夜はスーパームーン。天気が良いのでお月さまがとっても大きくキレイに見えますよ☆』

 ショウが月を見上げるシーンでお天気コーナーが終わりCMに切り替わった。

「はぁぁぁ♡ショウくんは何故あんなに可愛いの!前世で何をしたらあんな可愛くなれるんだ」

 華はご機嫌で窓を開けて空を見上げる。両親が所有する2階建てのこのアパートの1階部分に割安家賃で住まわせてもらっている。窓の外はだだっ広い畑が広がっている。

 窓枠に頬杖をついてウットリと月を眺める。

「ショウくんも、この月を見てるかしら」

 夢見心地で空を見ていると、ちょうど月の中心部分に白い火花のようなものがパチパチと光りだした。

「……え、何?花火?!」

 光は火花と化して轟音とともにどんどん大きくなり、やがて目の前の月どころか視界を全て遮る程の丸い光の玉に成長した。眩しさと恐怖で尻もちをつきながらも、華は手で光を遮りながら目の前を確認しようと頑張った。

 光が少し和らいだ時、玉の中心に人影が2つ浮かび上がってきた。大柄の男が小柄な女性を庇うように全身で覆い隠している。

「ナニナニナニナニ?!?!」

 2人が完全に実態を表すと、光の玉はみるみる小さくなり、2人が地に足をつけると同時に完全に消えてしまった。

 静寂と暗闇が再び取り戻された。

 窓の外で大男が顔を上げて真っ直ぐに華に視線を向けてきた美しい黄金の髪と吸い込まれそうな深いブルーの瞳の男だった。男に庇われていた女性は白い肌に濡れたような漆黒の髪と瞳で驚いたように華を見つめている。大きな満月を背景に美しく整った顔立ちの2人と視線を合わせた華は、まるで映画のワンシーンを観ているような感覚に陥った。

 夢か現実かも分からず美しい2人に無言で見惚れていると、静寂の中、男から凄まじい腹の虫の音が鳴り響いた。

「……へ?」

 華が間の抜けた声を出した時、背後からご飯の炊きあがりを知らせるアラーム音が鳴り響いた。






 

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