嬉しい誤算と一人称
「俺」「私」「俺」「私」
居間の机を挟んで俺は母さんとにらみ合う。
俺の使う一人称に対する指摘だ。
正直にいうと母さんに対する思い出は年の割に多くない。
俺と初音が幼い頃に亡くなったからだ。
多分、初音はほとんど覚えていない。
家に帰って母さんがいた時にはびっくりした。
しかし考えてみれば蘇生対象として提示した条件にはきちんと合致していた。
嬉しい誤算というやつだ。
何故願う前に思い出さなかったかといえば
過ぎた月日が気持ちに整理をつけてしまっていたのと
ダンジョンに入る切っ掛けになった妹や
『最下層に行けたら妹ちゃんのついでに俺たちもよろしくぅ! 』などと言って
散っていったやつの印象が強すぎたのだ。
話を聞くに俺が生き返らせたかった人の
ほとんどは生き返ったようなのでよかった。
母さんは頑張ったで賞ボーナスだ。
「お兄ちゃんは子供だけどにらめっこをするほどではないと思う」
台所から飲み物を取って移動してきた妹の突っ込みが入る。
俺は母さんに弱い。
死別した後に何度も会いたいと思った人なのだ。
「僕」
妥協した返事をする。
「思春期に入ったらまた考えること」
母はきびしかった。
でも逃げ道はあるので逃げさせてもらう。
僕が思春期に入るころには母さんは鬼籍に入るどころか骨も残ってないと思う。
洗面台の鏡を見て思う。
最下層で会ったアルファターナさんによく似ている。
というか同じ顔を幼くしたようだ。美しい。
そのはずなのに彼女と比べると凡庸に見える。
中身の性能の差。
なんでもないことのように言われたことを思い出す。
「このまま転生されて記憶を失われても困るので適当に作って突っ込みました」
あのアルファターナさんは分体と言っていたのでこれは分体の分体になるのかな。
あそこには鏡がなかったのでこんなことになっているとは
思ってもいませんでした。
多分、隼の車体にカブのエンジンどころのスペックの差じゃないんだろうな。
その後妹と一緒に行った市役所で『瀬上秋人です』と言って
生存届を出したときの役人さんの顔はすごかった。
僕の顔と妹の顔を3度くらい往復したと思う。
ついでにDナンバーカードというダンジョンに潜る時に使う
頑張ればボーナスがあるらしいものも申請した。
WeTubeの配信を使って潜った階層の数や
倒した魔物の種類を確認してランク付けするんだってさ。
社会も知らない間に発展してたよ。
一応持ってるだけであまり頑張るつもりはないんだけどね。
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