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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

異世界恋愛短編集

七回目のループ~ヤンデレ騎士様はどうやらご立腹のようです~

作者: 兎束作哉




 今日こそ言おう。何としてでも言おう。そうして、彼から逃げるんだ。



「私、決めました。セーロス様!」

「何を?」



 怖じ気づくな、私。ここで言わなきゃ女が廃る。



「セーロス様、私、修道院に入ります」

「却下で」



 にこりと笑った騎士様、セーロス・べゼッセンハイト様はそう言い切ると、壁際まで詰め寄ってき、ドンと音を立てて壁を叩いた。



「ええっと、何故ですか。理由をおたずねしても?」

「僕が嫌だから。ディアと離ればなれになるなんて考えただけで、夜も眠れない。いっそ監禁してしまった方が熟睡できるんじゃないかって……」

「ひぇ……っ」



 綺麗なかおをして、何て物騒な事を言うのだろうか。

 幾らセーロス様が、皇太子殿下の護衛だからと言って、伯爵家の令嬢である私を誘拐……監禁したらどうなるか、分かっていて発言しているのだろうか。

 ああ、そうだった。この人はそういう人だ。

 一人椅子に座り、こちらの様子を伺っている彼の主、この帝国の皇太子ことエレオス・フェアツィヒト様は、許せ……と言うように、頭を抱え目を伏せていた。どうやら、助けてはくれないらしい。ただでさえ、病弱なそのお体が、さらに痛々しく弱々しく見えてしまう。主君にそんな顔をさせても尚、自分の欲に素直な、セーロス様を誰が止められるだろうか。否、誰もとめられない。

 でも、エレオス様が止めて下さらないのも、これも、想定内。



「何で、僕の気持ちを分かってくれないんだ。ディア。こんなにも愛しているのに」



 愛している。

 その言葉が本当ならば、私はこんなに焦りも拒絶もしなかっただろう。

 だけど、その言葉を何度も聞いた私には分かる。彼の愛は重すぎると言うこと、一歩間違えれば殺されると言うことを。


 だって、私は――



「わ、私はあ、ああ、愛していないので! 失礼しますっ!」



 セーロス様に七回も殺されているんですから!




◇◇◇◇



 セーロス・べゼッセンハイト様。誰にでも優しく、愛嬌のある笑顔を振りまく太陽のような方。それが、私から見たセーロス様の印象だった。色んな令嬢達から好意を向けられても尚、誰一人として特別扱いせず、平等に笑顔を振りまくことから勘違いする女性、諦める女性と周りの反応は多種多様といった感じだった。私は、別に笑顔の素敵なお方だなあ……なんて憧れてはいたものの、好きという感情は抱いていなかった。何せ、セーロス様は、そんな数多の令嬢達よりも主君であるエレオス様に絶対的な忠誠心を抱いていたから。もしかして、セーロス様が女性に靡かないはそういう理由から!? なんて噂をされるぐらい、エレオス様にべったりだったのだ。魔力を持ちすぎるがあまり、生まれつきからだが病弱なエレオス様を守る騎士。それが、セーロス様。エレオス様のあとをついて回る姿は、さながら大きなワンこと言った感じだった。

 そう、私が、ループを繰り返す前までは……そういう印象だったのだが。



「はあ……」

「いかがなされました? ディア様」

「ううん、何でもないの」



 髪の毛をクシでといていたメイドが手を止め、鏡越しに私を心配そうに見つめてきた。私は何でもないと、嘘をついて首を横に振る。今夜開かれる皇宮主催のパーティーの為にメイド達は朝からせっせと、働いてくれているのだ。そんな彼女たちを心配させるわけにはいかないと、伯爵家の令嬢として恥じない姿でいようと決めた。

 けれど、気が重いのは確かだった。



(この舞踏会も、もう七回目……)



 何度も同じ時を繰り返して、そのたび何度も死んで、さすがに心が疲れてしまっていた。

 原因は、勿論あのセーロス様にあって、彼に殺されるたび過去に戻されるのだ。セーロス様との接点なんて、皇太子殿下が通うアカデミーですれ違うぐらいで、彼らの興味を引くような存在じゃなかったはずなのだ、私は。

 なのに、ループが起こってからは、何故かセーロス様とエレオス様(セーロス様がエレオス様に私を紹介するので)に話し掛けられるようになってしまい、必然的に、セーロス様との時間が増えてしまった。別に、彼が無害な騎士様ならいいのだ。しかし、彼に殺されこうしてループしている限り、彼が無害だと言い切ることは出来なくなった。


 一度目のループ。私は、自分を愛していると婚約を申し込んできたセーロス様を受け入れ、結婚までたどり着いた。しかし、初夜を迎えるはずだったその日、私は見知らぬ男達に犯されてしまった。どうやら、セーロス様を思う過激派令嬢達の差し金で、雇われた男達に襲われた傷物の私を見てセーロス様が興味を失えばいいと思ったらしい。勿論、そんな男達はすぐに取り押さえられ酷い拷問を受けた後、殺されてしまった。私は、そんな男達の処罰よりも初夜の前に犯されてしまった事実に絶望し、三日三晩何も食べられなかった。そうして、私を気遣って部屋を訪れたセーロス様に、これまでの事を泣きながら伝え許しを乞うた。こんな傷物の女性嫌だろうと、私は泣きながら言ったが、セーロス様は首を横に振って「守ってあげられなかったことを、後悔している。君は美しいよ」と私の頬を撫で、それから優しく口づけをしてくれた。その時、どれだけ救われたか、私は今でも覚えている。そして、彼に出されたお茶を警戒することなく飲んだ。そのお茶に、毒が仕込んであったなんてこと、知らずに。



『せ……ろす、様?』

『眠いでしょう。ディア。大丈夫。そのまま、目を閉じて』



 彼はフッと微笑む。いつもの優しい笑顔。だけど、何処か悲しげに見えたのは何故だろう。その疑問を口にする前に、私は眠りについてしまった。 

 次に目が覚めた時、私は過去に戻っていた。

 もしかしたら、今までのことが夢だったんじゃないかと思うくらい、幸せだった……ただそれだけ覚えていた。けれど、二度目の舞踏会、そして、セーロス様の過度な接触を経て分かってきた。

 これは、現実だと。過去に戻ったのなら、またセーロス様と……でも、また襲われるようじゃ、同じ事を繰り返すのではないかと私は行動を変えてみた。すると、どうだろうか、過去は変わって、今度は襲撃に遭うこともなくセーロス様と初夜を迎えることが出来た。その満足感からか、私は油断していて、惚気話をつい、本当にうっかりエレオス様に話してしまった。そして、その楽しそうな会話を見られ、足がもつれた際、エレオス様に寄りかかってしまったところも見られ、血相を変えて飛んできたセーロス様を私は見る羽目になった。羽目……と言うか、見て、絶句した。


 怒り、嫉妬、殺意。そんな感情で歪んでセーロス様の顔がそこにあったから。何か、勘違いしているのではないかと、弁解しようと思ったが、思うように口が動かなかった。初めて見るセーロス様の顔に恐怖を感じていたのかも知れない。いつも、ニコニコと明るい笑顔を振りまいているお方だったから。



『せ、セーロス様これは、その、ちがくて』

『僕よりも……エレオス様の方が大事なのか。僕のこと、愛しているって言ったのは嘘なのか』

『セーロス様!』



 話が通じなかった。


 こちらが何を言っても、耳に入っていない様子で、終いにはその白銀の剣を鞘から引き抜いた。



『僕のことを愛してくれない、ディアなんていらない。なら、いっそ僕の手で――』



 二度目の死ははっきりと覚えている。今でもトラウマだ。

 それから、また過去に戻って、今度はあんなことがあったものだからセーロス様を十分に警戒した。嫉妬に狂って配偶者を殺すなんて思いもしないだろう。だから、今度は失敗しないように、初めからセーロス様に関わらないようにした……なのに。



『僕は、ディアの事を愛しているんだ。なのに、何で伝わらない? 何で、ディアは僕のことを愛してくれない?』

『僕以外を見るディアなんて、ディアじゃない』

『僕しか、ディアを幸せになんて出来ない』



 それからは、嫉妬と殺意の嵐だった。何をしても殺された。

 もう一度、彼に歩み寄ってみても良いかと考えたが、何か一つでもやらかせばヒステリーを起こして殺される。もう、何回首が飛んだか分からないくらい。



「はあ……」



 だから憂鬱なのだ。今夜の舞踏会。

 関わらないようにしてもダメ、関わってもダメ。なら、私はどうすれば死なずにすむだろうか。

 死の恐怖……それよりも、私の言葉なんて通じないセーロス様を見るのが怖かった。私を愛しているって言っていたけど、私がセーロス様に何かをしてあげたこと何てなかったはずだ。少なくとも、ループ後は。だから、彼は何で私を愛しているのか、愛を囁くのか。

 どうして私なのか。

 私は、セーロス様のことが分からずにいた。知ろうと、努力をしてこなかったのもある。それが、回り回って今の結果になっているのなら、私の落ち度でもあるなあ、なんて、セットされた髪を見ながら私は思った。




◇◇◇◇



「ディア、来てくれたんだね」

「こんばんは。エレオス様。正直、迷ったんですが、矢っ張り……」

「迷惑をかけてると思ってるよ、俺の護衛が。でも、ディアが来てくれたよかった、朝から荒れていたんだ。セーロス」



 舞踏会の会場に着けば、すぐにエレオス様が声をかけてきて下さった。病弱とは言えど、皇族の証である黄金の髪と、ルビーの瞳は爛々と輝いていて、とても美しかった。一度、ループのなかで、エレオス様と良い感じになったことはあったけど、あれは吊り橋効果と言われるものだった気がする。セーロス様のことで悩んでいた私を励まして下さったエレオス様に好意を抱いた。ただそれだけのこと。でも、それが知られてセーロス様に殺されたんだけど。



「ディア!」

「……せ、セーロス様」



 パッと、顔を明るくさせて、こちらに近付いてきたブロンドヘアの男性を見て、私は頬が引きつった。翡翠色の瞳は宝石のように光を反射しているのに、その奥にはただならぬ狂気が宿っているように見えた。

 セーロス様は、私を見つけるなり嬉しそうに駆けてきて、私を強く抱きしめた。それはまるで恋人同士の抱擁みたいで、周りの視線が突き刺さってくる。



「ああ、ディア。君と会えるこの日をどんなに待ち望んだか。僕の愛しい人。今日も君は美しい。月の女神のようだ」

「わ、分かりました。離してください」



 何故? みたいな、顔で見てくるセーロス様に、これは重症だ。と私は腕を下ろす。抵抗するだけ無駄だろう。

 抵抗しない私を見て、機嫌をよくしたのかセーロス様は私の頬にキスをする。

 周りからキャーッと黄色い悲鳴が上がった。

 恥ずかしい……! と、思う反面、何処か冷静な自分がいて、こんなに綺麗なお方でも嫉妬に狂うことがあるんだなあと感心してしまう。慣れというのは怖い。

 周りからの視線がだんだんと鬱陶しくなってきたので、私はエレオス様に助け船を出して貰うことにした。エレオス様はすぐに私の意図を読み取って、コクリと頷くと、咳払いをする。



「セーロス、ディアに会えて嬉しいのは分かるが、場所を考えようか。皇族しか入れない庭園なら静かで良いだろう」

「……」



 スンと、愛しの主君から言われたのに急に真顔になって、セーロス様は私を見つめてきた。その表情は冷たくて、ゾクっと背筋が凍るような感覚を覚える。多分、私とセーロス様の邪魔をしたエレオス様に対して、怒りを通り越して素になった感じなんだろうが、私にとってはどっちも同じだった。思わず後ずさりそうになったけど、ここで逃げたらまた殺されてしまう。

 ここは、平常心を保って……私は小さく深呼吸するとニッコリ微笑んでみせた。



「そうですよ。セーロス様……恥ずかしいので」

「ごめん。ディア……凄く嬉しくて。君に会えたのが……今日、来ないかも知れないと思っていたから」

「え?」

「だって、最近、ディアは僕のこと避けてるだろう? だから、僕がくるって、知っているから来ないんじゃないかって……」



 そう言うと、セーロス様は、その翡翠の瞳を向ける。

 少し涙がたまっているようにも見えて、私も冷たくしすぎたのではないかと反省した。そして、その捨てられた子犬のような目で見られたら、母性というか、心がキュッと締め付けられる。いや、キュンかも知れない。

 私達は、周りの視線を気にしつつ、誰もいない静かな庭園へと場所を移すことにした。



「ディア、寒いだろ。これを着て」

「あ、ありがとうございます。セーロス様」



 セーロス様が着ていたジャケットを私にかけてくれる。こういうところが紳士的で、好感度が上がる。ループ前なら惚れていたかもしれない。いや、もう既に一度そういう所に惚れた。

 庭園につくと、セーロス様は花壇のレンガに腰掛けた。隣に座るように促されたので、大人しくそれに従う。



「ディア、どうして来てくれたんだい?」

「……エレオス様に呼ばれたんです。舞踏会があるからって」

「そうなんだね……」

「はい……」

「……」



 沈黙が流れる。因みに、エレオス様は用事があると言って席を外した。気まずくなったのかも知れないし、セーロス様の機嫌を損ねたら(損ねるとはまた変な話なのだが。エレオス様が主君なのに)後々面倒だと思ったのか、庭園に着くとすぐに出て行ってしまったのだ。

 私は何か話題がないかなあと必死に探す。

 沈黙だけが流れて、さらに居心地が悪くなるのは目に見えていたからだ。

しかし、何を言っても殺される。セーロス様の地雷を踏まないように慎重に言葉を選ばなければならない。

私は頭の中で、今までの記憶を引っ張り出して、どうしたら死なずにすむかを考える。



「ディアはさ……僕が嫌いかい?」

「へっ!?」

「僕は、ディアのことが好きだよ。本当に、心のそこから愛している」

「そ、それは……でも、私……何で、セーロス様は私の事好きなんですか」

「何でか……そうだな。ずっと一緒にいたいし、ディアのことを守ってあげたいなって思ってるから、かな……君がそうしてくれたように」



と、セーロス様は、何かを懐かしむように言う。


 彼には記憶が無いはずで、でも私にはあって。もしかしたら、私の記憶が彼に流れているんじゃ? とも思ったが、一度も彼を守った記憶は無い。だから、セーロス様は誰かと私を間違えているのではないかとすら思った。でも、セーロス様の目は本気だった。嘘をついているようには到底思えない。



(セーロス様は、私のこと本気で……)



 確かに何度も殺されて、そのたび彼に恐怖を植え付けられてきたけれど、彼の気持ちに応えてあげられたことも、聞いたこともなかった。ただ、私が恐れて彼を知ろうとしなかったのだ。今になってそれを後悔した。

 それに、もしかしたらセーロス様は不安を抱いたのかも知れない。かつては、私もセーロス様のことを愛していたわけで、でもその愛をしっかり伝えきれていなかったから……セーロス様は不安になったのではないかと。



「せ、セーロス様は、私のことが本当に好き……何ですね」

「勿論。ディアの全てが好きだよ。好きなところをあげだしたら、切りが無いくらい……でも」



と、セーロス様は言葉を句切る。


 寂しげに翡翠の瞳を揺らして、私を見つめ固く結んだ唇をほどいて言うのだ。



「君には、怖い思いをさせすぎた。だから、僕のこと嫌いになってくれてもいい。でも、その代り、ディアのこと好きでいることを許して欲しい」

「セーロス様……」



 ああ、やっぱりセーロス様は優しい方なんだ。

 私なんかの事をここまで想ってくれて、私の幸せを願ってくれるなんて……彼の瞳は嘘をついていない。

 私は、その事実に胸が熱くなるのを感じた。それと同時に、この人をこのまま放っておけないとも思ってしまった。何度も殺されて、怖い思いをしてきたけど、それでも、こうやって優しい面を見せられてしまったら……



「セーロス様、私は……!」



 私が口を開いた瞬間、がさがさっと何ものかが庭園に侵入し、その物陰から飛び出してきたのだ。ギラリとしたナイフが月明かりに照らされる。



(何で……!?)



 ここは、皇族の所有地で、そう簡単に他者が入ってこれるような場所じゃなかった。それは、セーロス様の家もそうで、あの時だって暴漢達の侵入をたやすく許してしまった。警備が甘かったとかそう言うのではなくて、敵が毎回そういう結界を破るのに長けている人達が多かったというそういう話。

 私は、逃げようと立ち上がると、ズキンと頭が割れるようにいたんだ。



(え……ぇ……)



 記憶の片隅で、以前もこのようなことがあったと叫んでいる。大分もやがかかって思い出せないけれど、以前もこうやって庭園で襲われたような……



「ディア!」

「……ッ!」



 咄嵯の出来事すぎて、体が動かない。

 私はギュッと目を瞑った。

 すると、何処か遠くの方で何かがぶつかる音が聞こえた。

 恐る恐る目を開けると、そこには腕にナイフが突き刺さった状態のセーロス様がいた。苦痛に顔を歪めていたが、私と目が合うと優しく口角を上げる。まるで、安心させるように笑顔を無理矢理作っている感じだった。



「え……セーロス様!?」

「ディア、大丈夫?」

「だ、大丈夫です。セーロス様の……おかげで、でもセーロス様!」

「大丈夫」



 そう言うと、セーロス様は手に持っていた短剣を抜くと、そのまま相手に向かって投げつけた。

 相手が怯んだ隙に、私を抱え上げるとその場から逃げ出す。

 セーロス様の傷口から血が滴っていて、私は思わず泣きそうになった。でも、ここで泣いたりしたら、セーロス様を不安にさせるだけだった。



「セーロス、よく耐えた。すまなかったな」

「え、エレオス様?」



 少し逃げたところで、見覚えのある人影を見つけ、セーロス様は足を止める。うっすらとしていた輪郭は、徐々にはっきりと濃く見えてき、その人物の正体がエレオス様だと云うことに気がついた。先ほど、庭園を出ていったのに、どうして戻ってきたのか。騒ぎを聞きつけたからか。そう思っていたが、エレオス様の口調からして、どうやらそうではないようだった。



「全く、人をおとりに使わないで欲しい。エレオス殿下」

「はいはい。ごめんねーでも、後は任せてくれよ」



 そう言うと、エレオス様の背後からぞろぞろと甲冑を身につけた騎士達が、私達を襲った男達を取り押さえた。どうやら、本当の狙いはエレオス様だったみたいで、私達を捕らえるか、若しくは殺して、エレオス様をあぶり出す予定だったらしい。まあ、それを読んでいたのがエレオス様だったわけだけど。だから、警備が甘かった……わざと侵入しやすいように甘くしていたという訳か。



「セーロス様、腕が」



 セーロス様の腕を見ると、まだ出血していて、とても痛々しい。

 早く治療しないと大変なことになる。私は、慌てて治癒魔法をかけようとすると、セーロス様に止められた。



「僕は平気だよ。それに、このくらいなら自分で治せるし」

「でも」

「いいから」

「よくありません!」



 私はセーロス様の制止を振り切って、治癒魔法をかける。私のせいで怪我をしたセーロス様。彼は、何で治癒魔法をかけなくていいと言ったのか分からないけど、私に出来ることはこれくらいだったから。



「君は、本当に優しいね」

「優しいのは、セーロス様の方です」

「え?」

「私が、どれだけ避けても変わらず愛を伝えてくれていましたし、こうやって守ってもくれました。今回だけじゃありません。守られたことは一度や二度じゃ……そのたび、何てこと無いように安心させるように笑うんです。セーロス様はそういう方なんです。私は、私は……」



 殺されても、心の中で貴方の事を嫌いになる事が出来なかった。

 私の負けだ。

 彼が、どれだけ私に執着していても、その理由が分からなくても、私は彼を受け入れようと思った。



「ディア……」

「だから、私もセーロス様のこと好きでいてもいいですか? その代り、セーロス様も私のことを好きでいて下さい」

「うん。勿論。ありがとう、ディア」

「で、でも、私のこと殺さないでください」



 思わず、言葉に出してしまった。

 不味いと思って口を塞いだが、セーロス様はポカンと口を開いて私を見るだけだった。それから、プッと吹き出して、目尻に涙を浮べて笑う。



「殺すなんて、そんな物騒なことしないよ」

「で、ですが……でも……」



 貴方は覚えていないかも知れないけど、私はもう既に何回も殺されてるんです!

とは、言っても信じてもらえなさそうだし。

 私は、それ以上追求するのはやめて、口を閉じた。そんな私を見て、セーロス様は優しく微笑む。



「殺さないよ。だって、ずっと一緒にいたいから。死ぬときは一緒だ」

「そ、それは嫌です!」

「ふふ、じゃあ、僕がディアを殺すような事態にならないようにするしかないよね」

「そ……そうですね」



 冗談か、嘘か分からないけど……

 セーロス様の言葉に同意すると、セーロス様は嬉しそうに笑った。

 その笑顔が可愛くて、つい私もつられて頬が緩んでしまう。

 セーロス様は、私にキスをすると、ぎゅっと抱きしめてくれた。



(これから、大変そうだけど……)



 セーロス様の背中に手を回すと、私達は暫く抱き合っていた。けれど、先ほど急いで彼に魔力を注いだせいもあって睡魔が襲ってくる。すみません、と口にし、私はかくんと意識を飛ばした。セーロス様は慣れた手つきで、私の背中を撫でると「おやすみ、ディア」と愛おしそうに囁いた。




◇◇◇◇



「あれ? ディア、寝てしまったのかい?」

「いきなり治癒魔法を全力でかけたので。そちらは、片付いたんですか?」

「珍しく敬語だねえ。セーロス」

「……」

「まあ、それはどうでも良いけど。ほんと、セーロスはディアがすきだね」



 眠るディアの顔を覗き込んできた、主君から彼女を隠すように抱きしめれば、また彼の目がニッと歪んだ。僕のものだと知りながら、手を出そうとするなんて、この人は本当に意地が悪い。

 僕達をおとりに使うなんて……それも、ディアを危険にさらして。僕がいなかったらどうするつもりだったんだろうか。



(もう、あの時見たいな事は起きて欲しくないのに)



 まあ、でも今回の件で完全に火の粉払えただろうから、あとはエレオス殿下が、皇帝の座につくだけだろう。

 僕は自分の腕の中で眠る彼女を優しく抱きしめる。

 彼女は、七回僕に殺されたと言った。七回も時間がまき戻っていると。彼女は隠しているつもりだろうが、僕は全部知っている。でも、正しくは『八回』だ。


 そもそも、僕が彼女を好きになったのは、初めのループが起きる前。


 今日と同じシチュエーションで、でも、その時はディアと僕は接点がなかった。あるといっても、アカデミーですれ違う程度。そして、僕とエレオス殿下に刃を向けてきた男達から、僕はあろう事か彼女に守られてしまった。彼女にはナイフが突き刺さり、鮮血が飛び散った。名も詳しく知らない令嬢に、守るはずの職業である僕が守られた。屈辱と、絶望と、それから、目の前で倒れた彼女を見て罪悪感で一杯になった。

 倒れた彼女は、何故か安心したように「よかったです」と言ったのだ。その笑顔に、胸を貫かれた。何て優しくて、美しい女性なのだろうと。そこで、僕は彼女に一目惚れ……恋に落ちるのだが、彼女はその後まもなく息を引取った。


 それからだった、ループが始まったのは。初めこそ、遠目で見ていたが、それでは我慢が出来ず、彼女に接触し、婚約を取り付け、一度目は結婚まで持っていくことが出来た。しかし、彼女を嫉んだ令嬢達にはめられ、彼女はその純潔を散らしてしまった。それが許せなくて、僕は彼女と心中しようと思った。勿論、一人にはさせないと誓って。

 そして、また目が覚める。ループした世界で彼女に会う。それを繰り返していくうちに、だんだんと彼女は僕から離れていった。

 このままでは不味いと、今回のループでどうにか彼女からの印象を立て直せないものかと思った。そこで、今回のこの作戦だったというわけだ。エレオス殿下は、何も記憶が無いわけで、僕がこの話を持ちかければ、何の疑いもなしに乗っかってくれた。そうして、ディアはもう一度僕に振向いてくれたというわけだ。



「まあ、ほどほどにね」

「言われなくても。ディアの嫌がることはしない」



 僕は、愛しい彼女を腕の中に閉じ込めて、ディアにキスを落とす。



「もう離さない……君は僕だけのものだ」



 僕の全てもあげるから、ディアは僕だけを見て?


 その願いが通じたのか、ディアが僕の手を握り返してくる。小さくて折れそうな白い手は、守ってあげたくなるような可愛さがある。ディアの全てが愛おしい。他の男が触れるなんて考えたくない。



「セーロス様……」

「寝言で、僕の名前を呼んでくれるなんて。本当に好きなんだね。僕のこと」



 何で、あんなに避けていたのか不思議なぐらいだ。怖いこと何て何にもしていないのに。殺されたときの恐怖が蘇ってきたからだろうか。それでも、あれは彼女が悪かったわけだし。

 僕も大人にならなきゃいけないだろうけど、彼女にも分かって欲しい。僕という人間を。

 僕という人間を愛して欲しいから。



「おやすみ、ディア。良い夢を」



 大丈夫、目を覚ましても時間は戻っていないから。もう戻さない。

 これから二人で幸せになろう。


 僕はもう一度そう言って、彼女の額にキスを落とした。





ここまで読んでいただきありがとうございます。この間ぶりの異世界恋愛短編でした。

ヤンデレ大好物です。ヤンデレみが弱い気がしたので、今度はもっとヤンデレ全開のヒーローを書きたいです。


もしよろしければ、ブックマークと☆5評価、感想など貰えると励みになります。

他にも、連載作品、短編あるのでよければ、このゴールデンウィークに是非。

また、次回作でお会いしましょう。



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