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王子と騎士と巻き添えの俺  作者: 内藤晴人
第三章 それぞれの決断

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── Ⅵ ──

……お前は、そこまでして王家に……いや、カルロス殿下に忠誠を誓うか……


 致命傷を負い荒くなる息の下、アラゴン侯フェリペは自らの血で濡れた剣を構えたフェルナンドに凄惨な笑みを向ける。


……これも宿業か……。親子二代に渡り、王家に捧げた剣を、王族の血で染めねばならぬとは……


 どういう意味だ。

 言い返すフェルナンドの声は、わずかに震えている。

 すでに何も見えていないであろう父親の目を、フェルナンドは直視できずにいた。


……カルロス殿下は、陛下以上に『フエナシエラ』……神聖王国の名を大事と思っておられる……。お前の計画通りに事が進んでも、殿下は玉座につくことはあるまい……


 だから、どういうことだ。

 いらだちながらも、フェルナンドは再び問う。


……そう、儂はあの時、陛下の世の安寧のためロドルフォ殿下を……。だが、それだけでは……


 バランスを失ったフェリペの身体は、自ら作り出した真紅の池の中に音を立てて崩れ落ちる。

 虫の息のその声を聞きもらすまいとして、フェルナンドはひざまずいた。


……フェルナンドよ……あの噂は、紛れもない事実……。殿下は、ご成婚後なかなかお子に恵まれなかった陛下に……気を使われた……ロドルフォ殿下が……


「フェルナンド殿、如何された?」


 不意に声をかけられ回想から現実に引き戻されたフェルナンドは、身体ごと振り返った。

 果たしてそこには、扇を手にし貴婦人の装いに身を包んだアプル女侯テレーズ・ド・サヴィナの姿があった。


「陛下がお運びになったとのことぞ。皆、宴の間に戻り始めておる」


 何ぞお加減でも悪いのかと問う女侯に対し、これは大変失礼を、とフェルナンドは頭を下げる。

 だが、表情とその声の固さは隠しようもなかった。

 そんな若き武将の姿に、女侯は扇をぱちんと鳴らす。


「……失礼ですが、何か……」


 不審げに首をかしげるフェルナンドの様子に、女侯は優雅に笑ってみせた。


「いや、氷の如き御仁と専らの評判のフェルナンド殿にも、人のお心があったようで安心したまで。お気に障られたなら申し訳ない」


「……滅相もない。傍から見れば、そのように思われても当然ですので」


 わずかに肩をすくめて見せるフェルナンドに、だが女侯は鋭い眼差しを投げかけていた。

 では、そなたの本心は如何、とでも言うように。

 内心を見透かされることを恐れたのだろうか、一瞬フェルナンドの表情が硬くなる。

 その時、歩み寄ってきた侍従が宴の間に戻るよう両者に声をかけた。

 そっと安堵のため息を漏らすフェルナンドに、女侯は再び笑いかけた。


「されど陛下も暇なこと。一体何度戦勝の宴を催せば気が済むことやら」


 その言葉に、フェルナンドは絶句する。

 対する女侯は面白くて仕方がないとでも言うように小さく笑ってから、宴の間の人波へと消えていった。


      ※


 賓客としてサヴォ王室に迎えられてはいるものの、フェルナンド・デ・アラゴンの立場は極めて美妙なものだった。

 サヴォ王国建国以来の悲願であったフエナシエラ併合の最大の功労者にして、その王族に連なる者。

 抱え込んで傀儡とするにはあまりに危険なこの若者をそのまま野に放つわけにもいかず、かと言って始末することもできず、ヒューゴ五世はいささか持て余していた。

 熟考をかさねた上で導き出された結論は、娘カトリーヌと縁談を結ばせ形だけでもサヴォ王室と繋がりを持たせるというものだった。

 しかし、その思惑を知ってか知らずか、フェルナンドは正式の戴冠を受けていないこの身ではあまりにも不相応、とやんわりと拒絶した。

 後ろ盾を持たぬにもかかわらず、何を考えているの理解できぬ不気味な奴。

 それがヒューゴ五世の、フェルナンドに対しての印象だった。

 そんなヒューゴ五世の内心はいざ知らず、当のフェルナンドは今日も着飾った人々の輪から離れた所で一人たたずんでいる。

 かと言ってサヴォの権力者の勢力相関図に全く興味が無い訳でもないらしく、その瞳は常に隙なく居並ぶ人々の動きを見つめているようである。


「いかがした? 相変わらずお一人でおられるとは」


 作り笑いを浮かべながら、ヒューゴ五世はフェルナンドに歩み寄る。

 と、それまで無機質な彫像のように身動き一つしなかったフェルナンドは、衆人環視の中で優雅に礼を返す。


「私は粗野な武人です……。このような華やかな場所は不慣れですので……」


 非の打ち所のない、完璧なサヴォ語である。

 いや、フェルナンドは言葉だけでなく所作振る舞い全てにおいてサヴォ宮廷で通用するものを身に付けていた。

 王族であるが故、と言ってしまえばそれまでであるが、ヒューゴ五世はそんなところにも空恐ろしさを感じていた。

 だがそれをおくびにも出さず、やや皮肉な作り笑いを貼り付かせたまま言った。


「不似合いと申すが。よほどそなたはその言葉が好きなようだな。我が娘もその一言で振られたか」


 一見完璧に見える若者を少し困らせてやろうという気持ちでも働いたのだろうか。

 底意地の悪いヒューゴ五世の言葉に、だがフェルナンドは深々と頭を垂れた。


「そのような……不肖この私には、あまりにも過ぎたるお話でしたので……」


「では、正式に戴冠を済ませた暁には、考えてくれるな?」


「名実ともに姫君に相応しいと認められますれば、必ず」


 それまでの間は、せいぜい我が世の春を楽しむがいいさ……。


 言葉と態度ではヒューゴ五世を立てつつも、内心ではフェルナンドは毒づいていた。

 フェルナンドの真の目的は、国を手にすることでは無い。

 ただ単に、個人的な復讐と忠誠を形にすること、それだけである。

 それを口にしたところで、権力という汚物にまみれたヒューゴ五世は到底理解できないとだろう。

 もっとも、内に秘めたその想いを話す気など、フェルナンドには微塵も無かった。

 高笑いを残して、ヒューゴ五世は次の人の輪に移動する。

 ようやく頭を上げたフェルナンドの視界に入ってきたのは、意味有りげな表情でこちらを見つめるアプル女侯その人だった。

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