未練を捨てる為に彼氏のいる幼馴染に告白する
幼馴染、その中途半端な位置付け。僕は君の何を知っているのだろう?
一緒に走り回り、笑い転げた幼い日々の記憶。その大事な宝物はいつまでも色褪せずに記憶の引き出しの奥にしまってあるけれど、記憶の中の君はもういない。今やすっかりと成長した君は一人前の女の子。
恋を知り、恥じらいを覚え、僕との距離も開いてしまった。
年頃になってはにかむ様に微笑むけれど、心の底から笑ってる時に両頬にエクボができていたあの頃の君はもういない。
今はもう恋愛話はしないけれど、好きな子が長い髪がタイプだと伸ばし始めた髪。
じゃんけんで最初にグーを出す癖。
嘘をつく時に左上を見る癖。
待ち合わせには必ず5分前に着く几帳面さ。
コーヒーに砂糖をスプーン3杯入れる甘党。
本当はコーヒーより紅茶が好き。
猫も好きだけど犬はもっと好き。
赤ん坊は好きだけど触るのが怖くておずおずとしか触れない臆病さ。
怖いものが嫌いでホラー映画を観た夜は一人で寝られない程の怖がり。
***
「3年の佐々木先輩から付き合って欲しいと言われたの」
幼馴染の竹下美園に近所の公園に呼び出された。
久しぶりに会った美園は顔を赤くしてモジモジしながら言いづらそうに言った。年頃となり恥ずかしさを覚えた僕たちは中学三年の時に受験対策を口実に会う機会を減らしてそのまま疎遠になってしまった。
高校に上がってから一段と垢抜けた美園はすっかりと綺麗になった。
普段のおさげ髪を解いているだけのウェイブの掛かった髪も切長の目も少し赤い頬も素敵だと思う。
明るくハキハキ言う性格も相まって高校では陽キャラグループに所属してる感じになっている。
「そ、そうなんだ。それで何て返事したの?」
思った以上に衝撃を受けた事にショックを隠しきれなかった。
それでも違和感を与えない程度には普通に返事が出来たと思う。
「うん『まだ、誰とも付き合った事ないので、お試しでよければよろしくお願いします』って」
美園に告白した佐々木先輩は女癖が悪くて彼女をしょっちゅう取っ替え引っ替えしていると評判の人だ。交際を始めて、素直にお試しで済むわけがないのは明らかだった。
しかし、僕に何が出来るのだろう?
付き合うかどうかの相談ではなくて、付き合う事の報告。この時点で僕に対しては脈が無いのは明らかだった。
いや、そもそもなぜ僕に言うのだろう?
「僕が付き合うのをやめて欲しいと言ったら辞めてくれるの?」
真剣な眼差しで美園を見つめる。
「力也くんのお願いでも、もう先輩にオッケーしちゃったから――」
ゆっくりと美園は首を横に振った。そして、何かを待ってるように僕を見つめていた。
「僕も美園の事が好きだ。ちっちゃな頃からずっと好きだった。彼氏にして欲しいとは言わない。ただ、佐々木先輩との交際はやめて欲しい、お願いだ」
「ありがとう。嬉しいわ。でも――」
僕を見つめ返すと美園はキッパリと言った。
「もう決めた事だから」
その表情は覚悟を決めた時に見せる美園の表現だった。
「わかったよ」
そう言う以外に僕には何も出来なかった。
「じゃあね!」
満足したのか、美園は後ろを振り返る事なく去って行った。
***
それから一月が経ち、再び美園に呼び出された。
その間は美園から避けられているのか学校ですらほとんど顔を見る機会がなかった。家を訪ねて行っても留守か、気分が悪いと会ってもらえなかった。
「久しぶり。元気にしてた?」
久しぶりの美園は以前よりもっと垢抜けていた。というより派手になっていた。
以前はしていなかった化粧もするようになった様だ。
少し香水がきつい。学生には似合わない匂いだ。
「ああ、元気にしてたよ。そっちこそどうだった?」
「元気よ!」
「それで何の用事かな?呼び出すなんて珍しいね」
「ちょっとね。大きな声じゃ言いづらいんだけど――」
美園が僕の耳に顔を近づけてくる。
「処女って興味ある?」
「ぶっ!?」
「もう、汚いなぁ」
思わず吹き出す僕の肩を美園が遠慮なく叩いた。
「簡単に言うとね、面倒くさいから処女捨てたいんだよね。先輩ってほら、手慣れてるでしょう?処女とか重たい女は嫌なんだって――」
「――それで僕で捨てたいって?」
「そうそう!知らない男の人とか、通りすがりの男の人って嫌じゃ無い?病気も怖いけどそのまま殺されちゃったりしたら嫌じゃない!その点、幼馴染なら安心できるからね」
真面目だった幼馴染の倫理観の喪失に呆然としていると美園の声で現実に引き戻された。
「お互いに、力也は私の初モノを貰えてウイン。私は余計な処女を捨てれてウイン。win-winの関係でしょう!」
それ以後の会話はほとんど覚えていない。
取り敢えず保留して翌日に返事をする事で話をまとめて帰宅した。
***
大好きな幼馴染、美園の初めてを貰える、抱けるというのは正直嬉しい。
しかし、素直には喜べなかった。
彼女の心は僕に無い。多分、初体験の記憶すら簡単に忘れ去るだろう。いや、覚えておく気すら無いだろう。
彼女は僕でなくても良いのだ。
僕が断れば他の後腐れない奴に頼むだろう。
心と身体は別物。快楽だけの関係でも良いのかもしれない。そんな悪魔の囁きが聞こえた。
それでも――
ここで彼女と関係を持って、未練たらしく一生引きずって行く?そんな馬鹿な事はありえない。
もはや彼女と僕は幼馴染というだけの関係だ。
彼女の心に僕の姿がないならば未練を残すだけ惨めになる。
きちんとけりをつけて断ろう。
最後にきちんと告白をして、そして断られたら諦めるのだ。
翌日、近所の公園で待っていると昨日と同時刻に美園が現れた。
「お待たせ!ごめんね、遅くなっちゃって。それで返事はどうなったの?」
「その前に言いたい事があるんだ!」
「えっ?告白とかだったら要らないよ。もう先輩と付き合ってるんだからね」
「それでも言わせて貰いたいんだ!」
「ええっ?本当に告白なんだ。冗談ならやめてよね」
顔の前で手を横に振る美園を無視して僕は言葉を続けた。
「僕、石川力也は竹下美園の事を保育園の頃から好きでした。ずっとずっと好きでした。中学、高校とどんどん美園が垢抜けて可愛くなっていくと近寄りがたい、手に届かない存在な様な気がして気後れして距離が離れてしまったけど、ずっと好きでした。先輩と別れて僕と付き合ってください。ずっと大事にします。約束します!」
しばらく美園は僕との視線を外さずにじっと見つめていた。
「ごめんね、力也。君をそんな目で見た事は無いんだ。男というよりもあくまで幼馴染なの。期待させたんなら謝るね、ごめんなさい。今回の事もやめとく?」
「ああ、振られた僕には資格がないからね。キッパリと諦めて美園の事は忘れるよ。美園の処女なんて貰ったら、そのままストーカーになってしまって大変だ。そんなのお互いにごめんだろ?」
二人は顔を見合わせて笑った。久しぶりに笑った気がした。
***
それから一ヶ月も経たずに風の噂で美園と佐々木先輩が別れたと聞いたが特に興味は無かった。
一人の女と三ヶ月も持たないという佐々木先輩と二ヶ月も持ったのだからいい方じゃないのだろうか?
ご近所という事もあり何度か美園を見掛ける事もあり、その度に何ともいえない気持ちに襲われていたが、最近ではだいぶ平気になった。
美園の姿を見つけても逃げ隠れせずに普通に過ごす事が出来ている。少しなら会話をするのも平気になった。
やがて何も感じなく日が来るのだろう。
幼い頃の淡い恋心が成仏する日まで、この胸の痛みと付き合って行こう。
私の幼馴染にタイミングの悪い男の子がいる。
彼氏が出来てから告白して来る間の悪い男の子だ。
特に嫌いでもないので普通に告白されていたら付き合っていたかもしれない。
いや、多分付き合っていただろう。
先輩が処女が面倒くさいというので、幼馴染にあげると言うと、好きだと再び告白して来た。
改めて告白を断ると気持ちがこちらを向いていない処女はいらないと断られた。
心と身体は別物だというのに身体だけでは要らないという。
先輩なんてキスどころか、至るところを触って来るのに大違いだった。
しばらく幼馴染を観察していると本当に私との接触を避けようとしていた。私の姿を見ると逃げ出していた。失礼極まりない。
先輩もそれくらい我慢できるはず、と身体の要求を断っているとどんどんイライラして喧嘩ばかりする様になった。そして一ヶ月も経たずに振られた。
『やらせない女に用事はない!』との捨て台詞と共に振られた。
私は先輩の何を見ていたのだろうか?
この責任は幼馴染に取らせるしか無かった。
先輩よりも後に告白して来る幼馴染が悪いのだ。
何よりも幼馴染を見ていると胸の奥がモヤモヤとして来る。
私を無視したり逃げられた時はかなり胸がズキズキと痛かった。
絶対に責任を取らせるのだ。私は心に誓った。
そして、ふと思う。
しかし、私は幼馴染の何を知っているというのだろうか――