1 ぴしゅっとしてかんってするはずでしたけど
ロングハーストの領主館にいた使用人や補佐たちはみんないなくなっちゃいましたので、第四王子は私たちと一緒に王都へ帰ることになりました。予定では十日ほど滞在するはずでしたが、結局半分もいなかったです。それでも帰ることが決まるまで、第四王子はずっと旦那様に何か色々おねだりしてました。旦那様は知らんぷりだぞ知らんぷりって言ってましたから知らんぷりです。私は森の泉で旦那様に差し上げる石を見つけましたから、もうご用はないですし。
竜が来るときにお手伝いした荷造りは、今度はお手伝いしませんでした。お散歩してる間に終わっちゃってたので。ちゃんとお手伝いしますって言っておけばよかった。上手にできるようになったのに。
「この辺です。旦那様。この辺の枝をしゅぱっと!」
もう後は馬車に乗り込むだけなのですが、旦那様にお願いして領主館の裏にある桑の木のところまできています。旦那様はお得意の”切り裂け”で、ちょうどいい感じに若い枝を切り落としてくださいました。切り口はしゅぱっと斜めに尖っていてお見事です。
「アビー、またイーサンへの土産か?」
「持って帰って、お爺に植えてもらいます。連れて行って欲しそうなので」
「んんっ?あー、そっか……王都まで四日はかかるからな。枝が死なないようにしてもらおう」
拾い上げた枝を従者に預けて、馬車回しに向かいます。お爺はきっと上手に育ててくれると思いますし、実が生ったらまたタバサがコブラ―を作ってくれるはずなのです。とても楽しみ。繋いだ手をついぶんぶん振ってしまいましたら、旦那様はふっと笑ってもっと大きく振ってくださいました。
馬車回しには第四王子たちの馬車も合わせて何台もずらっと並んでいて、刈り込まれていない生垣が馬車まで枝を伸ばしてるから少し窮屈そうです。そこから外門へ続く石畳の道沿いには、もう枯れはじめた花が植わっていました。葉っぱもしおしおで、からからに乾いた地面が見えています。ここにはお爺がいませんからね。仕方ありません。
私たちに気がついた第四王子が右手をひょいと上げたのと、旦那様が繋いだ手を離して私を背に隠したのは同時でした。
「化け物め!」
カンっと硬い音が響いて、私のこぶしほどもある石がころころと転がっていきます。
旦那様が鞘にはいったままの剣で、飛んできたその石を叩き落したのです。見ました。しっかりとちゃんと見ました。やっぱり旦那様はおつよい。
野放図に伸びた生垣の裏から叫びながら飛び出してきたにんげんは、そのままハギスに取り押さえられました。
このにんげんは見たことないです。多分。
◆◆◆
アビゲイルに石を投げたのは十歳を越えたくらいの子どもで、他にも大の男二人がうちの護衛によって地に伏せられている。絶え間ない罵声は、元補佐たちがわめき続けていた内容とさほど変わらない。――この地で起きた不幸や不運は全て金瞳のせいだと。
「てっきり先輩は自分で罰したいかと思ったけど、任せてもらっていいのかい?」
「権限をお持ちなのは殿下でしょう」
ロングハーストの領主補佐をはじめとした罪人どもを森に捨ててきてから数日。
領主館に訴え出てくる罪人どもの親族や領民たちは日ごとに数を増やし、随分と身分の垣根が低いものだとドミニク第四王子殿下は皮肉にその口元を歪めた。
ドリューウェットもよその領地に比べ領民たちとの距離は近いほうだが、秩序を保つための一線を越えることはない。ここの垣根の低さは、単に舐められているということであり、国の頂点に立つ王族として認められるものではないだろう。
領都の中心にあるこの館は街中といえどその敷地は広く、外と隔てるのは石壁ではなく装飾を凝らした鋳物柵と目隠しになる柊の木立のみ。今日は屋敷周辺の警戒を殿下の護衛に任せていたが、抜け道があったのか隙があったのか。気配で察していたから良かったものの。
捕らえた奴らは、この地に交代で留まる予定の騎士たちへと引き渡した。
王族がいる場に石を投げるなど、本来ならその場で首を刎ねられて当然のことだ。
そんなことすら知らないままでいられたこの土地の人間に理解らせるのには、ちょうどいい見せしめだと言える。
「僕、あんまりそういうの売りにしてないんだけど……さすがにここまで甘く見られてると統治に差し支えるからねぇ」
「良いようにつかってくだされば。ただ、護衛騎士たちは少し鍛え直すべきでしょうね」
「――っそ、そうだね。夫人を、み、見習わせる、よ」
口を押えた指の間から搾り出るような声を出して、殿下はそっぽを向いた。……見習う?
「旦那様!私も!私にも石を投げてください!」
振り返ると、どこで拾ってきたのかちょうどいい塩梅の枝を両手で構え、きりっと眉尻をあげるアビゲイルが。
「ええぇ……」
「私もできます!さあ!」
そっかー。石を叩き落したの、気に入ったのかー……。
というか石なんか投げるのは嫌だぞ。言い逃れを考えようとしたところに、ロドニーが畳んだ革袋にぐるぐると紐を巻き付けてボールをつくりながらやってきた。ああ、あれなら間違って当たっても痛くはないだろう。
「もー、しょうがないですねぇ、奥様。一回だけですよー」
「はいっ」
「それっ」
下手投げされたボールは緩い放物線を描く。
「たー!」
しっかりと右手で握った枝はそれなりにいい鋭さで空を切り、ボールは左手でぱしっと小気味よい音とともに受け止められた。
かえって難しいぞそれ!?すごいな!?
春になりましたね!お久しぶりの豆田です!
本日本作2巻の発売に合わせて3章をスタートしちゃうことにしました。3月再開は無理だったからね…せめてね…
ストックないやら、ほら、なんか色々あってなので、毎月曜日に更新予定です。
またごひいきよろしくおねがいします!







