【閑話】みたことないものはあじみしないといけないとおもいます 前編
コミカライズ配信記念!
ぼくのじいちゃんは庭師だ。すごく腕がよくて、ドリューウェット城の庭師長まで勤め上げたって聞いてる。ぼくは王都で育ったから直接は知らなかった。父さんは王都邸の庭師をしてるのだけど、父さんがじいちゃんはすごいっていうんだからきっとそうなんだろう。
そんなじいちゃんが数年前にもう年だからと庭師長を引退して王都まで出てきたんだ。引退はともかくあの年になって領を出るなんてって父さんは驚いてた。とはいっても結局は侯爵家から独立したノエル子爵邸の庭を見てるんだから、庭師は庭師のままだ。城や王都邸に比べて庭は狭いし、子爵様も庭にあまり興味がないそうだから「まぁー手慰みにちょうどいいわなぁ」って言ってた。ぼくも庭師を目指してるけど、何十年も庭師の仕事をして、引退した後まで趣味で庭師するのはちょっとわかんないなと思う。
「あー、おまえなー、ちょっとしばらくおれんとこ手伝えやぁ」
「えー?なに?調子でも悪いの」
「んにゃー、主様がなー奥様好みにしてやってくれっちゅうからよぉ」
ノエル子爵邸の敷地は鍛錬用の芝生と均した地面が半分を占めている。
それでも初めて見たじいちゃんの小さな庭は、季節の花や丹精された木々が計算されつくした配置で整えられていてさすがとしかいいようがなかった。一体この庭をどういじりなおすっていうんだろう。そりゃあ庭師は主人一家の指示に従うものだけどってちょっとむっとしたんだけど、整えるのは裏庭にある雑木林だっていう。まあ?それなら?確かにじいちゃんも年だし手が回らないというか力仕事もかなりあるし?ぼくは年の割に体が大きいし力もあるから役に立つしね?
雑木林の風情はそのままに枝を払って小道を作ってと、切り出した枝や均すために掘り出した石とかを運び出したり、小道に敷く板を運び込んだり。そういう作業はあんまり見られないようにするものだけど、普段おっとりのんびりなじいちゃんが、すごく真剣に奥様から見えないようにしろって何度も注意してきた。ぼくはもう十三歳で、しかも父さんの手伝いを十歳のころからしてるんだからそのくらいわかってるよ。ていうかなんなの奥様って神経質な感じなわけ?
そんなわけでお見かけしたこともない奥様に、なんとなくやな感じだなぁとか思ってたぼくなんだけど。
「それ初めて見ます」
「わぁ!」
「えっ」
雑木林の作業が一段落した後で、今日植えるって言ってた花を前庭に運び込んでいたら急に後ろから声をかけられた。
びっくりして振り向けば、真っ赤な髪の女の子。
ぼくの声に驚いたようにぱちぱちと瞬きした瞳は見たことないくらいきらきらきれいな金色だった。父さんが大事に育ててたラナンキュラスに似てる。
しゃがんだぼくの後ろから植え替え用の花をのぞき込まれて、手元の花に目を戻すと、ぼくの指先は少し震えてた。
父さんの手伝いを王都邸でしているから、貴族様のきれいな女の人たちはいっぱい見たことあるつもりだけど、でも、だって、こんなかわいい子見たことない。
「えっと、これ?」
「はい」
「んと、サントリナ」
「さんとりな。もこもこですね」
銀白色の細い葉が細かく繁って、丸くて黄色い花を咲かせるサントリナは確かにもこもこだ。かわいい。もこもこだって。もこもこだよねかわいい。
隣に並んでしゃがみこんだ女の子を横目で見ては、ずっと見てられなくてまた花に戻ってってしてたら、細くて小さな手が花に伸びて――え?
「お爺どこですか」
「え、え、おじい、じいちゃん?」
あれ、今なんか、花ひとつなくなった……?あれ?
「お爺です。庭師のお爺」
「んっと、ぼ、ぼくもじいちゃんはここにいると思ってたんだけど……ね、ねえ、きみ、名前なんていうの」
「アビゲイル、あ!タバサ!タバサが呼んでます!」
「え、ま、まって」
ぴょんと飛び上がるように立ったと思ったら駆けていってしまった。長いスカートがひらひらと泳いでて王都邸の池にいる魚みたいだって、速っ!めちゃめちゃ足速くない!?てか誰か呼んでた?何も聞こえなかったけど!?
「……アビゲイル、ちゃん」
多分身長がぼくよりちょっと小さかったし、同じ年くらいかもしれない。きっとそのくらい。違ってもひとつ上とかそのくらい。
メイド服じゃなかったし、見習いとかなのかな。でもとても高そうな服だった気がする。
子爵様の親戚?とか?侯爵家は男二人兄弟だったと思うし。
ぼーっとその場で立ってたら、便所から戻ってきたじいちゃんに叩かれた。こっちに来たら駄目だっつったろって。
気ぃきかせて運んでやったのに!
「ね、ねえ、じいちゃん、また手伝い行ってやってもいいけど」
「あー?いやぁ、もうだいじょうぶだー」
あれからすぐに雑木林は整っちゃってアビゲイルちゃんに会えないまま。学校の帰りや休みの日には、ちょいちょいじいちゃんちに行くんだけど、手伝いには呼んでくれない。
アビゲイルちゃん、まだいるかな。もしノエル様の親戚で遊びに来てただけとかだったら帰っちゃってるかもしれない。
でもじいちゃんのことお爺って言ってたし、ずっとあそこにいるんじゃないかなって思うんだ。
「あらー、あんた最近ずっと早起きねぇ。もう来たの」
「じいちゃんは?」
「もう仕事行ったわよー」
「えー」
庭師の朝は早い。学校が休みでも父さんの手伝いがあるし。それでも今日はがんばっていつもより早起きして手伝いも終わらせてきたのに。戸口にもたれかかったぼくを見たばあちゃんは、しょうがないねって鼻を鳴らした。
「クッキー焼いたんだけど、じいちゃんに持って「行く!これ!?行ってきます!」あっこら」
見られないようにするんだよ!ってばあちゃんの声が追っかけてくるけど、クッキー入りの袋を振って返事にした。
ぼくはもちろん平民だけど、王都邸に住み込んでるから貴族街とじいちゃんちの一般区を分ける二の城門だって通り抜けられる。子爵邸は貴族街の端っこだけど、走ればすぐだ。ぼくだって足はそこそこ速い。通用門のちょっと前で息を整えてから、門番さんに挨拶して通してもらう。ノエル様はすっごく強い軍人だから、前は門番なんていなかったらしい。結婚して奥様のために――いた!
通用門から入ってすぐの庭師小屋を隠すように植え込まれてる生垣を背伸びして前庭のほうを覗いたら、つやつや光る赤髪が見えた。クッキーの袋の口を両手でぎゅっと握ってしまう。
じいちゃんとアビゲイルちゃんは花壇の前でしゃがんでる。
隣に並んでるなんてずるい。何見てるんだろ。前庭なんだよな。あっち行ったら怒られちゃうんだよな。じいちゃん呼んだら一緒にこっち来てくれないかな。
つま先立ってふらふらしつつ耳をすますと、じいちゃんのぼやーっとした声とアビゲイルちゃんの高めなのに柔らかい声が聞こえてきた。ずるい。おしゃべりまでしてる!
「お爺お爺、これ見たことないです」
それぼくも知ってるよ!スイートピー!それもじいちゃんが交配した新し――えっ?なんで!?なんで手つなぐの!
瞬きした間に、じいちゃんの手がアビゲイルちゃんの小さな手を掴んでた。じいちゃんそんな素早く動けるんだ?初めて見たかも?いやなんで手つなぐの――
「――っ奥様、それ食べちゃいかんて」
食べちゃいかんて、なに?食べるとこだったの?え?どういうこと?いやそこじゃないよね?え、なんて?
お く さ ま ?
いつもごひいきありがとうございます!
本日とうとう、がうがうでコミカライズ配信がはじまりましたので記念の閑話、庭師のお爺の孫登場です!
後編はまだ書いてる最中なんだ!多分明日か明後日には!多分!







