【閑話】せいやはおどらないおまつりだそうです
アビーがノエル邸で過ごす初めての冬の日
王都に来て初めての冬です。王都でもロングハーストと同じように雪が降っています。でもちょっとロングハーストより積もる雪は少ないかもしれないし、寒くないかもしれません。
「せいやさい、ですか」
お昼寝から目を覚ますと、お仕事に行っていたはずの旦那様がもうお帰りになっていました。おかえりなさいできなかった。旦那様は暖炉の中で燃えている薪を火かき棒でつついた後、ベッドの端に腰かけてショールで私をぐるっと巻きます。
「そう。だから今日は昼で仕事は終わりだ。ただいま」
額に口づけを落として、旦那様はにっこりしてくださいました。
「おかえりなさい旦那様!お散歩しますか!」
「残念。外は大雪だ」
私が寝ている間に、窓の外が真っ白になっていました。道理でちょっと暗かった!お昼寝しすぎたかと思ったくらいです。
「せいやさいってなんですか」
「――っ、あー、そうだな。おまつり、かな」
「おまつり!?焚火ですか!」
ベッドから飛び出そうとしたら、旦那様に受け止められてしまいました。
「そういうお祭りじゃなくてだな、んー、精霊が産まれる夜だから、外には出ないで家族と家の中でゆっくり過ごす日、かな」
「精霊、本で読みました!森にはいませんでしたけど、旦那様会ったことありますか」
ノエル家では図書室の本はいつでも自由に読んでいいと言われましたので、私もいっぱい読んだのです。ロングハーストでは領地経営の資料とか教本ばかりでしたけれど、ここにはたくさんの本がありました。
旦那様は私をお膝にのせて、後ろ髪を撫でて整えてくださいます。
「俺もないなぁ。ああ、そうだ。いい子にしてると妖精が枕元にプレゼントを置いてくれる日でもある」
「小鬼!?あいついじわるですよ!?いっつも魔王の後ろの方にある足とかちょっと齧っていくんです!」
「あー、森にいたかーそっかー。でも多分そのノームじゃない気がするな」
「のーむちがい」
「くっ……お、おそらく。まあ、そういう、うーん、おとぎ話かな。図書室にもいろいろあっただろう?」
「なるほど!」
それから夜ごはんの時間まで、旦那様と『狐と鵞鳥』で遊びました。狐の駒が一個と、鵞鳥の駒が十三個で遊ぶボードゲームです。
「きつね!なんで!」
「ぶふぉ」
旦那様のは狐も鵞鳥もつよいのに、私のは狐も鵞鳥もよわい。でも最後の八回目は私の狐が勝てました。
夜ごはんは聖夜祭のごちそうで、特別にタバサたちも一緒に食べたのです。しかもなんと丸ごとの鳥がテーブルにどんっと!これを切り分けるのは家長の仕事なんだぞって、旦那様がきれいにお皿にとってくれました。旦那様は剣もお上手ですから。
「丸太!丸太のケーキ!」
薄茶色のチョコレートクリームが樹肌みたいに波の筋を描いてて、スポンジケーキはぐるりと刻んだ果物と生クリームを巻き込んでいます。真っ赤で小さな苺には粉砂糖が薄く振りかけられています。苺!冬なのに苺!
赤い三角帽子をかぶった小さな砂糖菓子人形は、私のお皿にやってきてくれました。
「さすが奥様。躊躇いなどなく頭からですね」
しゃりっとして美味しかった。
風のない雪の日は、いつもよりもずっとずっと森が静かです。
梢も鳴らさずに木々はじっとふかふかの雪をかぶっていきます。
魔王もじっとしています。冬の間は雪が深くておいもをくれるちっちゃいにんげんも会いに来てくれません。
雪のない時期はきらきらと光の粒を揺らしていた碧い泉も、薄氷に粉のような雪を載せて眠っています。
雪の夜の森は、月と星の明かりを照り返して真昼の空よりもずっと明るい青に輝くのです。
魔王のたくさんある真っ黒な手も足も、ふかふかの雪が覆い隠していきます。
降ってる間は真っ白なのに積もっていくと青く輝きはじめる雪が、どんどんどんどん魔王を隠していくのだけれど、それでも魔王は動きません。
冬の間は起きている魔物も少ないし、それでなくとも、収穫祭のために魔物をいっぱいやっつけてしまった。
だから襲ってくる魔物も少ないので、魔王は誰に邪魔をされることもなく泉のそばでじっとしていられるのです。おなかも空いているからちょうどいい。
たくさんある目のうちのいくつかが、時折ぱちぱちと瞬きをして、そのあたりの雪はぱさりと落ちます。
魔王は周囲の木立を見回して、空を見上げて、また目の前の凍った湖面を見つめます。
どこもかしこもなにもかも、みんな眠っている。
魔王は暑いのだって寒いのだって平気です。でも暑いものは暑いし寒いものは寒いってわかっています。
雪だって冷たいのをちゃんと知っています。でもそれで動けなくなったり死んじゃったりはしません。
ただ、冷たくって寒いだけです。
魔王はなるべくじっとして、春になるまで動かずにいます。春になれば――ああ、いいえ違います。
もうこの頃にはおいものにんげんはずっと来てくれてなかった。
ちっちゃいにんげんは、おっきくなって、それからまたしわくちゃのちっちゃいにんげんになって。
あのにんげんのいない春はもう何度も何度も迎えていました。十六回くらいまでは数えてたと思います。
また春がきたのにあのちっちゃいのが来ないって、あら?
それは魔王が思ったことでしょうか。魔王の思ったことを私は――
「――っと、お、起きたか」
「……旦那様。それは」
ぱちって目が開きました。ふいって急に目が覚めて、そうしたら旦那様のお顔が目の前にありました。いえ、いつも一緒のベッドで眠ってますから、起きたら旦那様がいるのはいつもなんですけど、いつもは横にあるのに今は真上にあります。
旦那様はなんだかちょっと困ったようなお顔をしてから、あちこちに視線をうろうろさせました。よく見たら旦那様の両腕は私の枕の上のほうに伸びていて。
「金剛鳥!これ金剛鳥です!」
私が抱えても抱えきれないほどおっきな金剛鳥の、これは、ぬいぐるみ!道理で本物よりちょっとちっちゃい!
お布団をがばっと跳ね飛ばして、金剛鳥をぎゅっと抱きしめました。魔王の時に金剛鳥を見たことはもちろん食べたことだってあります。だけど襲ってきたときにぱくっと一口してましたから、こんなふうに触ったことはなかったのです。
「うわああああ!ふかふか!もこもこ!」
柔らかくて、しかもあったかい!ぎゅっとした腕も顔も、ぼふんって埋まっていきます。ほっぺにもおでこにもするするすべすべした感触が気持ちいい。
「これどうしましたか!旦那様これどうしましたか!」
「あ、あー……、あれだ。聖夜祭の贈り物、だな」
「小鬼から!?」
「いやそっちのじゃなくて」
「ですよね!旦那様からのがいいです!」
「お、おう!じゃあ俺からだ」
「はい!ありがとうございます!私はいい子でしたから!」
「ふはっ、ははは、ああ、とびきりのいい子だったからな」
分厚いカーテンがひかれているので、外の様子は見えませんが、たくさんの雪が音もなく降り続けているのはわかります。
だけどお部屋の中には、暖炉でぱちぱち火花が弾ける音と、サイドボードにはランプの明かりを透かすお花の飴と、金剛鳥ごと私をぎゅっとする旦那様の笑い声。
赤みのある橙色で明るくて。
ぽかぽかと春の陽みたいに暖かくて。
「さあ、朝まではまだあるから、もう一度寝ような」
「はい!……えっと、こう!こうです!」
大きな金剛鳥が間にあると旦那様が遠くなるので、金剛鳥を抱っこした私を後ろから旦那様に抱っこしてもらいます。
おやすみ、と口づけと頬ずりをつむじに受けて、ふかふかとぽかぽかにぐるぐる巻きになって。
今年の冬はとってもいい冬!
みなさまいかがおすごしでしょうか。豆田です!
連載はお休み中ですけど書籍化作業は真っ最中ですよ!
突発的に思い立ってクリスマスSSお届けしました。これからまた作業に戻ります。は?イブ?おいしそうね?
あちらこちらで大雪が大変そうです。
北にはまだ大雪ってほどきてはいませんが時間の問題なのでしょう。冬眠したい。切実に。
どうか転倒や冷えにお気をつけなさってくださいまし。
それではよき聖夜をお過ごしください!メリークリスマス!







