38 それはまったくきがつきませんでした
別棟に向かう前、旦那様は護衛を半分にわけました。私たちと一緒に来たのは前からいる五人で、残りはこの間ドリューウェットの港町で合流した五人です。その五人はずっと後からついてきていて、別棟に入っては来ませんでした。今はここを取り囲むように散っているそうです。
地下からエントランスホールに戻って、見張りで残っていた外の護衛にロドニーが後ろからそっと状況を聞いています。ぴーぴゅぅぴゅーって節をつけながら指笛を鳴らす護衛は、まるでロドニーがいないようなしらんぷり……あれはなんであんなに色んな音がでるのでしょうか。
「……指出しなさい」
同じように指をくわえて吹いたのですけど、ぶしゅって指がよだれでいっぱいになっただけでした。旦那様がハンカチできれいにしてくれて、ロドニーはしゃがみこみました。
「……げほっ、あー、二十人前後ってとこみたいですね。予想通りに動いてくれるっていうかなんていうか」
「なめてくれるもんだな」
よろっと立ち上がったロドニーに、旦那様は鼻で笑って答えます。私もお外の気配をみてみました。新しくきた護衛たちの気配だってもう覚えてます。ハギスをわけてくれた護衛は馬小屋の向こう側にいました。護衛たちとこの建物の間に二、三匹ずつ固まってるのがいて。
「知らないにんげんは二十二匹います。だいぶ当たりです」
「――くっ、さすが奥様。えーと、知らないというか覚えもない人間ですかねー?」
「知らないです!」
「まあ、使用人どもはみんな地下に――っと、あー、アビー、これから全員拘束するけどな、絶対俺の後ろから出るなよ」
「はい!大丈夫です!こう!」
ちゃんと前に練習したのです。こういうこともあろうかと、ここに来る前も練習しました。しゅっと旦那様の後ろに立つのです。旦那様が動いても!しゅっと!
「ぐふぅっ」
「――っ、うん。そうだ。上手いぞ。まあ、俺が出るまでもなく片付くけどな」
またしゃがみこんだロドニーは、旦那様がつま先でとんってつつくとふらふら立ち上がって扉を薄く開けて外へ合図らしきものを送ります。ちょっとしてから一緒に中にいた護衛たちもするするとその隙間から外へ出ていきました。
私は旦那様の後ろで旦那様がいつ何時どう動いても後ろに立てるように、びしっと構えて待ちます。
旦那様は全然動きませんでした。縄でぐるぐる巻きにされたにんげん二十二匹が目の前で転がっています。よく見たら元筆頭補佐の男爵もいました。知らなくなかった。
「ご、誤解なんですっ殿下!私どもも何故こんな目にあわされなくてはならないのか全く心当たりがなくっ」
「……それだけ武装しておいてなんの心当たりもないとか、僕は随分と甘く見られてるようだ」
拘束したにんげんたちは全員、羊をひっぱるみたいに縄でつないで屋敷まで連れてきました。
第四王子はもうお部屋で寛いでいたようで、暖かそうなガウンを羽織ったままエントランスホールにある階段の手すりにもたれかかり、呆れ顔でため息をつきます。
それなりに広いエントランスホールでも、さすがに二十二人も転がると、折り重なっているとはいえ狭く感じるものです。槍とか鍬や鎌なんかはとっくにとりあげて隅に積み上げてありますけど、みんな皮鎧とか金属の胸当てとか着こんでいて、普通より大きくなってますし。
私は近寄っちゃいけませんって、階段の半ばほどまでのぼらされましたので、しゃがんで手すりの間からホールを見下ろしていました。知ってる顔は元筆頭補佐を含めて三人ほどで、他のにんげんはどうやらこの領都に住む領民らしいです。年取ってるのも若いのもいます。
元筆頭補佐は芋虫みたいに第四王子ににじり寄りつつ声を張り上げようとして、ハギスに蹴り上げられました。あ。だんご虫みたいになった。
「で、先輩、なんでしたっけ。そのカガミニセ、ドリ?」
「ええ、偶然俺が数か月前に報告をあげた魔物です。その生態から考えるに、行方不明となった文官たちはカガミニセドリに食われたのでしょう。そしてそれを仕込んだのはこの者たちと思われます」
カガミニセドリの卵のことや別棟にいた子たちのことを、旦那様は淡々と報告して、元筆頭補佐たちは口々に違う違うとわめいては護衛たちに蹴飛ばされています。……あら?今旦那様はなんと言いましたか。
「旦那様」
「ん?」
「仕込んだというのは」
「……夜は屋敷に文官しかいなかった。卵を忍ばせておいたんだろうな」
カガミニセドリは自分より少し強い生き物や魔物の巣に卵をこっそり入れますが、自分より賢すぎるもののとこには入れません。義母上たちの王都邸に卵が紛れていた時はうっかりしたのかと思っていましたが。
だってあのこたちはあんまりかしこくないので。
おはなしだってじょうずにできないので。
いろんなことをくちぐちにわめきますけど。
自分より強すぎたり賢すぎたりする魔物や、例えばにんげんの巣にうっかり卵を入れちゃったのだとしても、それは自分がうっかりしたから仕方のないことです。
だってそういうものなのです。
でも、さっきあのこたちはしぬまえにいってました。
いやだいやだやめてとらないでかえしていやだと。
「――おまえ、そう、おまえです」
立ち上がって手すりを掴み、ホールに転がる元筆頭補佐たちを呼びました。呼んでいない領民たちも私を見上げます。ぎらぎらとしているのに小刻みに揺れる瞳で睨みつけては、すぐに目をそらしてを繰り返すその素振りは、ああ、これは見たことがあると思い出しました。
「卵をとったのですか」
「――な、なに、を、殿下!耳を貸さぬよう申し上げます!これは人ならざるも」
にんげんはときどきほんとうのことじゃないことをほんとうのようにはなします。
このにんげんはたまごをぬすんだにんげんです。
だって、あれがまおうだたすけてくれと、ゆうしゃのかげでさけんだむらびととおなじかおをしています。
「アビー」
背中の方からあたたかくておおきな腕が伸びてきました。
それは私のお腹の方までぐるりと囲って、ぎゅうっと包むように抱きしめてくれるのです。
「大丈夫だからな」
耳元で静かに囁く旦那様の低い声はとても気持ちがよいもので、ほんのちょっとも嘘のないものでした。
何が大丈夫なのかはわかりませんが、大丈夫なんだと思います。
旦那様はとってもお強いですから。







