33 ごあんないをするときにはてのゆびをそろえて、ぴっとするのです
ロングハースト伯爵家、いえ、元ロングハースト伯爵家に着きました。領主館でもあります。
第四王子たちはもう先についていて、出迎えを受けています。ずらりと並んだ顔ぶれは見覚えのある人たち。先頭で第四王子に挨拶をしているのは補佐役の筆頭だったと思います。確か男爵で髪の毛があんまりありません。
旦那様のエスコートを受けて馬車から降りると、護衛たちがぐるっと半円を描くように私たちを取り囲みます。みんな大きいし、旦那様は私の目の前にいるからちょっと前も後ろも見えない。第四王子が旦那様を呼ぶ声だけ聞こえました。
挨拶が終わってというか、旦那様は「ああ」と簡単に流してて、やっぱり第四王子より偉い感じがします。さすが旦那様。
ではこちらへどうぞと私たちを部屋へと案内するため、エントランスから二階に続く階段へと誘導するメイドも知ってます。お仕事の手伝いをしたらパンをくれたメイドです。目が合うと、旦那様並みに眉間がぎゅっと寄りました。
ここです!ここで私はちゃんと主張しなくてはなりません!ノエル子爵夫人として!ずいっと旦那様より一歩前に出ます!
「旦那様は!客室にお泊りします!私の部屋の寝床では旦那様の足がはみ出ますし!それに私も旦那様と一緒のお部屋に泊まります!」
「はぁ?」
「妻ですので!」
これは譲れないのです。私は旦那様と一緒がいいのですから!
扇は持ってないので腰に左手を当て、顎を引いてお胸を反らします。偉そうなおすましは義母上に習いました。
きりりとしましたらタバサが私のさらに前へと勢いよく一歩出ます。そしてメイドの顎を片手で掴み、ぐいっとひねりあげたのです。あらら?
「なんです?たかが没落伯爵家の元メイドごときが、我が奥様にその態度」
タバサが!タバサが怒った!わあ!
メイドはただでさえタバサに掴まれて歪んだ顔をさらに歪めて、それでもきょろきょろと視線を泳がせながらなんとか口を開きました。
「……おくっ、奥様って」
「ノエル子爵夫人アビゲイル様です。お前たちが侮っていい相手ではありませんよ」
「だ、だって、あいつはっ、や!痛っ!」
とととっと、二歩三歩と踏み込んでタバサはメイドを階段の手すりに押し付けます。釣りあげるように顎に食い込んでいく指を引き離そうと、メイドはタバサの手を掴みかえそうともがくのですが、その両手の袖をいつの間にかタバサがもう片手でまとめて掴んでいました。いつの間に!わあ!タバサすごい強かった!タバサ強かった!私は思わず両手を握りしめて跳んでしまいました。
「タバサ」
「……出すぎた真似でございました」
振り払うように手を離されて、メイドはその場に崩れ落ちました。タバサはぴしっと一礼して私の斜め前に戻ります。あら。いつもなら斜め後ろなんですけど。でもそんなことはいいです。タバサはすごいのですから。
「構わん。雇い主に始末を問おう。――殿下。御覧の通り、殿下に雇われた者が俺の妻に無礼を働いたため、部下が動きましたが問題はありませんね」
「い、いやっ、わぁ、そうだね、確かに僕が雇っていることになるね……まいったな」
急に話を振られたからか、第四王子は肩をびくっとさせて弱り切った表情をしました。
「ここの使用人はどうやら全く躾がなっていないようです。殿下が連れてこられたのは身の回りの世話をする侍従でしょう。滞在中は屋敷の采配に慣れているうちの者が指揮をとることでかまいませんね?」
「なっ」
「黙れ。お前に発言の許可は出ていない」
「あー、うん。任せよう」
筆頭補佐の男爵が声をあげましたが、旦那様に窘められて黙りました。旦那様はお強いですから!
第四王子の頷きを受けて、旦那様は護衛の一人にメイドを拘束するよう視線で促します。第四王子のほうを客室へ誘導しようとしていたロングハーストの元家令や、勢ぞろいしていた元使用人たちはおどおどとその場で足踏みをしていました。そこにロドニーがいつもののんびりではないはりのある声で、てきぱきと指示を出していきます。第四王子たちを案内する者と、私たちを案内する者、残りは使用人の休憩室で待機するようにと。護衛に捕まえられたメイドもそっちです。
「アビー」
「はい!」
私はしっかり旦那様がきれいな客室にお泊りできるように!子爵夫人らしく!要求したのです!これは褒めてもらえるところのはずです。踏み出した足を一歩戻して旦那様の横について見上げましたら、やっぱり優しい手つきでつむじを撫でてもらえました。でも何故でしょう。ちょっと旦那様悲しそうです。
「旦那様どうしましたか。ちゃんときれいなお部屋を使えますよ」
「ああ、君のおかげだな。ありがとう――一応、君が使ってたという部屋も見せてもらっていいか」
旦那様にはちっちゃいですよと言っても見るだけだというのでご案内します。ここを出てから一年とちょっとしか経ってませんからね。忘れてなどいません。しっかり屋敷の中はどこでも案内できます。
「こちらです!」
私は先頭にたって使用人用の通路を通って、地下へと続く階段を降りていきます。あ。カビくさい。やっぱりお掃除の上手な私がいなかったせいです。ノエル邸に行って確信しましたけど、ここの使用人たちはお掃除下手です。私が一番上手。
階段を降りて三つ目の扉が私の使っていた部屋です。ずっと閉じられていたせいか、建付けが前よりも悪くなった扉をがたがたしてたら、旦那様が開けてくださいました。
もわりと湿気のこもった空気が顔を押します。ちっちゃいくしゃみがひとつ出ました。あちこち割れて引き出しも開かなくなったキャビネットやクローゼットが押し込められたその隙間を抜けて奥へ進めば、私が二人分両手を広げたくらいの空間があります。石壁は少しひび割れが増えたようですが、床はまだかろうじて平らです。部屋の角に四角く敷き詰めた薄い藁は、一年の間に水分を吸ったのかべったりしてるのが見てとれました。
「……ここ、だと?」
「はい。旦那様。今見ると思ったより寝床はちっちゃい気がします。私は大きくなったので、これじゃ旦那様だけじゃなくて私の足もはみ出ちゃいます。私おっきくなりましたから!やっぱり客室を使えるように言ってよかったです。私はいいお仕事をしました!」
「うん……そうだな。さすが俺の妻だ」
旦那様は私をぎゅうっと抱きしめて頬ずりをしてくれます。今夜もちゃんとこうして抱っこして眠れるのです。旦那様の広い背中に手をまわして、ぎゅうを返してあげました。
「行いは自分に返ると、ここのやつらに教えてやろうな」
旦那様がすっごく低い唸り声でつぶやいたので、つむじに響いてくすぐったかったです。







