31 だいよんおうじはかくれんぼにがてなのでれんしゅうしたほうがいいとおもいます
美味しいケーキのお店には旦那様と二人で並びました。護衛は並ばないのでちょっと離れたとこにいて、タバサやロドニーはお留守番で、だからお土産にいっぱい買ったのです。お屋敷に全部届けてくれるって言ってくれましたけど、自分で持ちたいのでいくつかは小さな箱に入れてもらって帰りました。
「美味しかったし、楽しかったです」
「先輩が並んでたところ見たかった気もするね……」
ロングハーストへ向かう途中の休憩で、持ち運び用のティーテーブルを広げて第四王子とお茶をしています。勿論旦那様も一緒です。初日は私たちだけでお茶をしてたのですけど、その次からは第四王子のところに呼ばれるようになったのです。もう三日目になりました。明日には領主館、元ロングハースト伯爵邸に着く予定です。
「……しかし護衛が十人って、手厚いねぇ。僕の同行者なんだから一緒に護衛してるじゃないですか。そもそも先輩がいればそんなに要らないでしょうに」
ぐるりと辺りを見回した第四王子は呆れたように眉を上げました。別に十人全員が立ってるわけじゃありません。今は三人です。交代するので。でもノエル家で何人いるかは届けておかなきゃいけないって、出発前に旦那様が報告に行ってたからご存知なのだと思います。
「いざとなれば王族を守るのが騎士たちの本務ですから。妻を最優先する護衛が必要なのは当然です」
「その王族警護の騎士も十人なんだけど……」
「殿下がお忍びだからって駄々こねて減らしたんでしょうに」
「だって先輩もいるし」
「私も強いです」
「今回の俺は子爵として同行してますのであてにしないでください」
ロングハーストに向かうにあたって、旦那様と約束しました。絶対旦那様から離れてはいけないのです。また攫う奴がでるかもしれないからって。だから第四王子を守れないのは仕方がありません。
「がんばってください」
「何を?」
「変な人が来たら私は旦那様の後ろに隠れるので、殿下も隠れるところを決めたらいいのです」
「あー、うん。そうだね」
「練習しますか?こう、しゅってします。しゅって」
教えて差し上げようかと立ち上がりましたけど、今度にするって言われたのでやめました。
でもお茶はやっぱりロドニーのお茶の方が美味しいですから、次の休憩をご一緒するのお断りしますし、今度はないです。
今夜の宿はもうロングハースト領内にある町の宿です。この町は領都の次に大きい町だったはず。ロングハースト領は土地の広さの割に人口が多くないので、町どころか村も少ないのですが、王都と領都を繋ぐ街道沿いはさすがにちょっと栄えてます。
第四王子が連れている騎士は十人ですけど、ほかにもメイドや従者がいますし、私たちのほうにもタバサやロドニーのほかに御者と従者がいますから全員で同じ宿には泊まれません。なので第四王子とは違う宿に泊まります。
「こちらが一番眺めのよい部屋となっております。お食事は部屋にお持ちいたしますか」
「ああ、そうしてくれ。この二人以外の使用人たちはそれぞれ好きにする」
ずっとにこにこしている支配人は、タバサやロドニーにも浴室とかの説明をはじめました。旦那様はソファの背に上着をかけ、私は部屋を見渡します。真正面の大きな窓の向こうはバルコニーでしょうか。この部屋の左側の扉が主寝室へ続き、右側の扉は浴室や従者用の部屋だそうです。
二人用の白い丸テーブルの真ん中には、ぴかぴかの赤い果実がガラスの小皿に盛って置いてありました。
「あ!さくらんぼです」
「ええ、近くの村から今朝届いた――っ」
私と目が合った支配人は息を呑み、それを見たからでしょうか、旦那様が支配人と私の間にすっと立ちふさがります。
「――なんだ」
「い、いえ、失礼いたしました。ではごゆっくりお寛ぎください」
そそくさと部屋を出る支配人の背を、旦那様は眉間にしわをくっきりつくって睨みつけていました。ロドニーがさくらんぼをちいさく齧ってから「大丈夫そうですよ」って教えてくれます。何がでしょう。
「……アビー」
「ふぁい!」
大きめのさくらんぼは、ぷちっとした歯ごたえと一緒に果汁があふれました。種の周りの果肉を歯でこそぎながら、口の中で転がします。
「いいか。この先、俺やロドニーがいいと言ったもの以外は口にしないように」
「タバサは」
「タバサがいいというものもいい」
「サーモン・ジャーキーは」
「またポケットに入れてたのか。それもいい」
「はい!」
サーモン・ジャーキーをもう一度ハンカチに包んでポケットにしまいます。今はさくらんぼなので。もうひとつ食べようとしたら、タバサがハンカチを私の口元に持ってきました。
「奥様、種を」
「……」
「……アビー、種も食べないように」
「はい!」
タバサは飾り戸棚から小皿を持ってきて、さくらんぼを三つとりわけてくれました。これは夜ご飯前に食べてもいい分。元のお皿からさくらんぼをひとつとって、枝を外して旦那様の口元に持っていきます。
「大丈夫です」
旦那様は私の指ごと食べてから、美味いなって笑ってくださいました。
そうでしょう。これは美味しいさくらんぼ!







