29 おしろはひろいからきっとどっかにうしもいるはずです
フルーツタルトは食べ終わりました。ハーブティは丁度良い熱さになったみたいなので、一口含みます。まだもうちょっと食べられるんじゃないでしょうか。旦那様を窺うと小さな頷きが返ってきたので大丈夫です。まだ食べてもいいってことです。そうですよねそうでしょうそうだと思ったのです。
「えっと……先輩?」
「首を傾げるのやめてください。鳥肌がたつので」
「ひどい!」
あ!とても小さなガラスの器に白いクリーム?ゼリー?と赤みのあるコンポートっぽいのが入ったのがあります!侍女が静かにアフタヌーンティースタンドの向きを変えてくれたので隠れてたのが見えるようになったのです。やっぱりお城の人は優しい。目が合うとにっこりしてその器をくれました。これ多分チーズクリームです。そういう匂いします。
「まさか今のアイコンタクトはおかわりの許可だったとか……?」
「ええ。それがなにか」
「そういう流れじゃなかったよね!?」
もったりぷるりとしたクリームと小さく切られたコンポートを一緒に口へと運びます。あら、とろんとした中にぷちぷちがある。甘くて美味しい。でもこれ何の果物でしょう。いつもなら旦那様に食べてもらえば何か教えてもらえるのですけど、義母上とか家族だけの時じゃないと駄目って、この間習ったばかりです。
「聞きたいことがあれば明確にどうぞ。遠回しな貴族的会話を俺が好まないことはご存知でしょう」
「あまり楽しい話でもないし、女性に直接的な言い方はどうかと」
「旦那様」
「いちじくだと思うぞ。俺が答えるのでご遠慮なくどうぞ」
「えー……」
ちらりと私の手元を見た旦那様はすぐ教えてくださいました。侍女も頷いてます。頷いたまま頭をあげませんけど。ふぃぐ。これはフィグという果物。食べなくてもわかってもらえた!さすが旦那様!
はあああって第四王子が大きなため息をついてから、がしがしと自分の頭をかき乱しました。お食事の席でそれはお行儀悪いと思います。王子なのに。教えてあげませんけど。
「派遣した文官たちは、経営を持ち直すのにかなり頑張ってたはずなんだよね。それは報告書からも読み取れてた。ただ現地の人間が排他的っていうのかな。何をするんでも全く協力する気が見られなかったらしいんだ。だから過去の資料もひっくり返して調べてね」
「あの領の人間がよそ者を嫌うっていうのは有名らしいですね。王家は把握したうえでそれでも没収したのだと思ってましたが?」
「――もうほんとやめてくださいよー先輩ーわかってるでしょー?なんでもかんでも最初から最後まで王族が決めるわけじゃないし、文官がそれなりに道筋つけたものが僕らのとこに上がってくるもんだって」
旦那様は軽く肩をすくめます。旦那様のチーズタルト全然減ってないんですけど、食べないのでしょうか。
「それでね、調べた結果、元ロングハースト伯爵の指示に見せかけてはいるけれど、どうやら要所要所ここぞというときの指示を出していた人物は別にいるようだってところまでたどり着いたのまではわかってる。例えば備蓄量を例年より増加させる指示が出たら、その翌年はなぜか収穫量がその分減るんだよ。勿論不正の痕跡はない。彼らの報告はここまでで、次に伝令鳥が持ってきたのが今回の件ってわけ」
いちじくのコンポートとクリームの器はちっちゃかった。食べ終わっちゃいました。これでおやつはみっつです。みんなちっちゃかったからもうひとつ食べれると思うんですけど。
「伯爵家の事情諸々考慮して、その人物ってのはノエル夫人じゃないかと、そう見込んでのこの席だったんだけど――ほんと失礼なのは重々承知で、その、そうは見えないというか、想像よりずっとほら可愛らしいというか」
「はい!」
「わあ、元気」
「ええ、妻は可愛いですよ」
「そんなセリフが先輩から出るのも驚きですけど、威嚇されるのも驚きですよ!顔が怖い!どうして!」
「旦那様はいつも私に可愛いってたくさん言います」
「へ、へぇ……先輩が……そう……先輩が……」
「だから私は可愛いんだと思います」
「わあ、素直」
「旦那様」
「ん。その伯爵家の事情を考慮したのなら、妻がどう扱われてたかもご存知ですよね。その上で呼び出したわけですか」
旦那様のチーズタルトも美味しい!滑らか!
「それは本当に申し訳ないと思ってるんだけど、え、何、すごく自然な感じで見逃しそうになったけど今餌付けした?」
「問題が起こったのはわかりました。ただ、先ほど妻も申し上げた通り、そもそも現地に妻はいませんでしたからね。これ以上何をお聞きになりたいんですか」
この間の旅行で美味しいチーズは美味しいミルクから!って街の人に教わりました。お城にはいい牛がいるのかもしれません。あれ、でも義母上たちと一緒じゃないのによかったんでしょうか。ハーブティで一度口の中をすっきりさせると、また旦那様がチーズタルトを一口くれました。やっぱり美味しい!
「そりゃ怪しい奴に覚えがないかとかそういうのでしょうよ……こっちとしてはこんな状況ではまず疑うのは連絡をいれてきた元補佐たちや発見者の料理人だったりするわけだし」
「……まあ、それはそうですね。ロングハーストは歴史だけはかなり長い家ですけど、王家では何か言い伝えられてたりしないんですか」
「ええ?何それ?あそこは確かに豊かではあるけど、特に王家と縁がつながれたこともないし……社交界によく出てくるようになったのも、ここ数年ってところじゃなかった?あんまり中央に出てくるような家ではもともとなかったって聞いてるけどな」
「なるほど」
「なになに。先輩なにか知ってます?」
「あそこにいるのはクズばっかりだってことくらいですね。アビー」
「はい!」
口の中が空っぽになったところでしたので、ぴんっと背すじを伸ばします。
「元補佐たちや使用人の中に、特にむかつく奴とかいたか?」
「むかついたことはないです!」
「だそうですよ」
「えー……」
「旦那様」
「もうおしまいな」
今日のおやつはみっつと二口でした。美味しかった!







