25 べつにりゅうとなかよしだったわけじゃありません
王都はドリューウェットより南にあります。
新婚旅行から帰ってくると、出発した時よりずっと陽も高くて暖かくなっていました。中庭や前庭のお花も種類が増えています。
でも庭師のお爺が私のために整えてくれた裏庭は私の好み通りちゃんと森っぽいままです。お花よりも葉っぱや蔦が無造作に繁っていて、木板が飛び飛びに埋められた小道が伸びる森。私が嫁いできたときには全く手の入っていなかったので、もっと薄暗くて小道もありませんでした。私が好きだと言ったら森っぽいのはそのままに、小さな花が所々に咲いていて柔らかな木漏れ日もさす場所に変えてくれたのです。
そこに生えているのはみんな私が知っている植物ばかりですけど、裏庭以外にあるのは私の知らないものが多いです。人間が手を入れたお花や木なので、色とりどりで形もひらひらだったりしゅっとしてたりくねくねってなってたり。
だから今日もお爺は、ひとつひとつ新たに咲いたお花や芽をだした葉っぱのことを教えてくれました。
「あと!お爺の育てたラズベリーのジャムがのったクッキーをもらいました!」
お爺はおやつも分けてくれます。お爺の奥さんがつくったクッキーは美味しい。
ベッドに入る前のおしゃべりの時間は、こうして今日したことを旦那様に報告するのですが、旦那様はいつも嬉しそうに聞いてくれます。いつもはそうなのですけど。
「旦那様?まだ元気でませんか?」
この時間は毎晩、ソファの前の絨毯にぺたりと座った私を足で挟むようにソファに座る旦那様と、お茶やお酒を飲みながら過ごします。でも今日はソファに私も座らせて背中から抱きかかえ、うなじに顔を埋めたままです。私の話にうんうんと頷いてくれてるのが、ちょっとだけくすぐったい。
私はこれでも結構人間の感情には敏感です。楽しそうだったり怒ってそうだったり悲しそうだったり、なんとなくわかります。ただ、なんでそういう感情になってるのかはわからないのですけど。
でも!今旦那様が元気じゃないのがなぜなのかは知ってます。
お仕事からお帰りになったときに、ものすごく唸りながら、明後日お城に行かなきゃいけないと教えてくれました。第二王妃にお招きされたって。なんと私も一緒にです。というか、最初は私だけがお呼ばれされてたところを、旦那様がどうしても一緒にとお願いしてくれたそうです。
旦那様がご一緒してくれるのだから、なんの心配もいらないと思うのですけど、いえ、私一人でも大丈夫なのですが、どうしても心配なのでしょう。旦那様はずっと元気がないのです。また大きなため息がほわっとうなじにかかりました。
「旦那様旦那様、私大丈夫です。サーモン・ジャーキーだってまだありますし」
「それは持っていかなくていいからな」
「いりませんか」
「うん……できれば出さないでくれると助かる」
「そうですか……。そうです!旦那様旦那様!」
「うん?」
「閨しますかっ」
「ぶぶっ」
旦那様の口から噴き出した息で、くっついていたうなじのとこの肌がぶぶって鳴りました。それから旦那様はげらげらと笑います。閨は旦那様もお好きだからきっと元気になると思ったのですけど、その前に元気になってくれました!
「――あー、すまん。気を遣わせた」
ひとしきり笑った後で、旦那様は私をぎゅうっとしていつものようにつむじに頬ずりをしてくれます。それから目の前のローテーブルからおつまみのナッツをとって私の口に入れてくれました。あ!これキャラメルナッツ!ぱりっと甘い飴が絡んだナッツです!美味しい!
「さっき、呼ばれた理由を話しただろう?」
「ロングハーストのことですよね?」
「うん。もうあそこは王領になったから、君には本来関係のないことになったはずなんだがな」
「はい」
「前に話した通り、何故王領にされたかというと、ロングハーストは元々豊かな土地だから、王家にとって旨味があるからなわけだ。少なくとも、そう見込んでいそいそとのりだしてきた」
「はい」
「でもこの半年と少し、どうも目論見とは違ってロングハーストはあまり儲けがでていないどころか、赤字だという。――といっても、穀倉地帯を狂乱羊に踏み荒らされてすぐに復興できると思うのも、普通なら見通しが甘いとしか言えないんだが」
あの穀倉地帯は領民の食糧ばかりか備蓄も補った上に、領の収益三分の一ほどを占めている場所でした。だからそれが狂乱羊のスタンピードで失われたというのは本当ならとても大変なことです。ただ、ロングハーストは鉱山もあるし、農地は穀倉地帯ほどではなくともほかにもあるし、天候は例年通りでしたので収益は上がらずとも補える程度のはずでした。伯爵家が没落しちゃったのは、伯爵がちょっとあんまり色々と上手じゃなかったんだと思います。
ああ、でも。
そういえば、と、久しぶりにロングハーストの方角へ意識を向けてみます。
「ロングハーストは特殊というか、農地面積の割に収穫量がやたらと多いし、エメラルド鉱山は細々とながら品質も産出量も安定している。だからこその皮算用だったんだろうけどな。それが軒並み他領と変わらない程度の収穫率だし、なぜかエメラルドもがくんと産出量が落ちている――君、心当たりがあったりするか?」
「収穫率は他領と変わらないんですよね?じゃあ普通になっただけですから……なんで駄目なんでしょう?」
「お、おう。駄目ではないな。そうか、ならいいんだ。うん。心当たりがないならそれで」
うん、うん、と旦那様の腕から心なしか力が抜けました。
「そうか、じゃあ気をつけるのは第四王子のことだけだ。あれは第二王妃の息子だか「でも鉱山からエメラルドが出なくなったのは、竜のご機嫌が悪いからですね」――んんんんっ!?」
あの鉱山の奥、魔王の森に接してるあたりのところに住んでる竜もぴかぴか光るものが大好きで、ご機嫌がいいと鉱山から色んな石が産まれます。産まれた石は竜の住処にぽこぽこ出てくるんですけど、森に接してる側と反対側にある岩山部分にもついでに溜まっていくのです。それを人間が掘っていました。――魔王がいた頃はその辺掘ってる人間がいなかったのでどうだったかわかりませんが、最近はエメラルドの気分だったのでしょう。多分。
「あの竜は本当にけちんぼで、魔王がちょっと落ちてるぴかぴかの石を見ただけで、慌てて拾って逃げちゃうんです。この間気づきましたけど、魔王だってきっとぴかぴかしたの好きだったはずなんです。だからちょっと見たかっただけなんじゃないかと思うんですけど!ちょっとも見せてくれなかったんです!けちんぼだと思い――旦那様?」
気づくと旦那様はぐったりと私の背中に寄りかかっていました。それでもそんなに重くないですから、体重かけてはきてないですけど、なんかぐったりな感じです。
「あー、うん。先に教えてくれてよかった。それ、城で言わないようにな。知らんぷりだぞ知らんぷり」
「――はい!」
大丈夫ですのに。魔物のことはお屋敷でしか言わないって約束してるのですから。ばっちりです!







