23 どんどこどん!ぴーぴーぴー!ぎーろろぎーろろぐるぐるぐる!
やっと!領都から馬車で四日かけて、やっと牛と羊の街に着きました!
特産が羊なのは隣の街だと聞いていましたが、帰り道にあるこの街にも羊はいるそうです。隣の街は帰り道からそれて馬車で一日かかるので、この街で比べることにしましょうねってロドニーが言うからそうすることにしました。いっぺんに比べられますし。
「ここですね!ここが牛と羊のおうち!」
酪農と牧羊で栄えたこの街は領都ほどではなくても、かなり大きめの街です。ピザも美味しかったし、これまで寄った街の中では、二番目くらいでしょうか。一番は港町です。領都はいれないでってことですけど。
街を囲う石壁もご立派です。その石壁の外側に沿うように小屋というには大きすぎる木造の建物があって、それが牛と羊のおうちだそうです。ロドニーが牧場主とお話ししている間に、木の柵の向こう側でのんびり草を食んでる牛と羊を見比べることにしました。ちょっと遠くにいますけど、私は目がいいので。
「旦那様旦那様、白黒のと!茶色のと!黒い牛がいます!どれが美味しいでしょう!」
「どれかなー」
「ほっぺのおっきい牛はどれでしょうか。どれも同じくらいに見えます」
「この遠さでよくピンポイントに比べられるな」
「目がいいので!あっでも羊はみんなもこもこだからお肉たっぷりがどれかはわからないです」
「牛と羊どっちかだからな」
「……はい!」
ちゃんと覚えています。牛と羊の両方は駄目です。どっちかです。イーサンがいたら決めてもらうんですけど、お留守番のイーサンにお土産だから仕方ありません。
「――そういえば、仔牛や仔羊のほうが肉は美味いはずだぞ」
「聞いたことあります!そうです!そういえば美味しかった!だとすると、あのちっちゃいほうの……ちっちゃいので足りるでしょうか」
「足りる。心配いらない」
「でも……あ、ロドニー!イーサンは一匹で足りると思いますか!」
「ぶふぉっ、い、いくら父でも一匹丸ごとは多すぎ、ますよ……と、いうか、ですね」
牧場主とお話ししていたロドニーが戻ってきましたけど、なんだか変な顔してます。口元がぴくぴく震えてるのです。
「お、奥様、ここにいる牛なんですけど」
「はい」
「全部、乳牛、だそうです……っ」
「にゅうぎゅう」
「ミルクのための牛、なので、に、肉はそんなに美味しくない、と」
「牛なのに!そんな!!」
ショックだったのでしょう。ロドニーがお腹をかかえて柵に寄りかかりました。私もショックです。なんてこと!
今日は割と早めに街に着いたので、宿の食堂には寄らずにまず部屋で落ち着きました。勿論旦那様と一緒のお部屋です。大きなベッドに大きな枕があったので、端っこに座って枕を抱えました。
仕方がないことは仕方がないのです。あきらめなくてはならないことだってたまにはあるのです。
羊はちゃんと食べられる羊だっていうし、今はあちこちに草を食べに行ってしまっているから、明日の朝の出発するときに選ばせてもらえることになったのでなんの問題もありません。大丈夫です。
「アビゲイル、アビー、アービー。まだ元気でないのか」
「げんきです」
旦那様は喉で笑いながら、私が顔を埋めている枕を引っ張って覗き込んできました。大丈夫です。ただちょっと枕を抱えたくなっただけです。引っ張られた枕を取り返してまた顔を埋めると、旦那様は頭を撫でてくれました。
「アビー、どうやら今日は祭りらしいぞ」
「おまつり!?」
お祭りといえば、収穫祭のお祭りです。いっぱいの露店と焚火!
枕をぽいっとして窓に駆け寄りましたけど、隣の建物の壁しか見えません。
「花祭りだと。まあ領都の収穫祭ほど大きくはないからここからは見えないが、露店も並ぶそうだし、夕食は露店で食べないか?」
「露店食べます!」
宿は街の外門近くにありましたけど、広場はそんなに遠くないとのことで旦那様と手をつないで向かいます。近づくにつれて、色とりどりの花や旗が飾られた家やお店が増えていきます。
恋人や夫婦は揃いの花を身に着けるらしいと言って、旦那様は私の耳に薄紅色のとがった花びらが幾重にも広がる花をさしました。真ん中が黄色いこの花はローダンセというらしいです。これは私の知らない花。旦那様は胸ポケットにさしています。
広場の中心にはお花のいっぱい飾られた櫓が組んであって、周りには露店がみっちり並んでいました。どこかから音楽が聞こえてきます。力強く響く太鼓と高く軽やかな笛と、じんじんと震えるように弾かれる弦の音。
「わあ!旦那様!焚火は!焚火はどこでしょう!」
「あー、ここは焚火ないみたいだな」
「お祭りなのにですか!?」
「代わりに花櫓があるだろう?」
なるほど!みんな花櫓の周りを囲んで踊っています!焚火ないのに!
街の人たちが楽し気に踊っているのは、旦那様と夜会で踊るようなのと違っていました。音楽だってもっとなんかおすましな感じだったと思います。義姉のせいで中断された領都の収穫祭で流れてた音楽とも違う。あれはもうちょっと軽やかでした。この音楽はもっとどんどこしてます。ああ、でも見たことないわけじゃないやつです。好き勝手に手足をリズムに乗せてるこれは、魔王がたくさんある目で見ていた村の祭りの踊りにとてもよく似ていました。焚火ないですけど、なんかどんどこな感じが。
「……踊りたいなら、あの人込みの中じゃなくて、ちょっと離れたところで踊ろうな?」
「はい!」
いつの間にか身体がぴょこぴょこしてたみたいです。踊ってもいいって言ってくれたので踊ります。でも護衛たちがちょっと離れて囲んでる中からは出ないように!ちゃんとできます!魔王はいつも森の入り口で村の人たちを遠目に見ながら練習してたのですから!
地面を力いっぱい叩いて踏みしめるように!
空までつかめるくらいに両手を伸ばして!
太い樹だって揺らせる風に乗ってぐるぐるぐる!
「えっえっ、き、君、何か召喚とか雨乞いとかしてるか!?」
「して!ない!です!」
「ごふっ」
慌てたような旦那様の小声の叫びに、息切れしながら答えました。何故だか地面に転がったロドニーを避けて踊ります。
この踊りは思ったより手と足が足りません。疲れます。
でも楽しい!焚火なくても楽しい!
頑張れば小雨くらいなら呼べる気がしてきましたけど、旦那様は呼んでほしいのか後で聞こうと思います。







