7 ごはんがおいしいのでおしごとだってもっとできるようになりました
「旦那様、お帰りなさいませ」
お仕事からお帰りになった旦那様をエントランスでお出迎えすると、上着をイーサンに預けた旦那様がひょいと抱き上げてくださいます。そして私を左腕に腰かけさせて、お土産を口にいれてくれるのです。今日はマシュマロで、あ!何か入ってます!
「美味いか」
「はい!チョコレートはいってます!ふわってしたらとろーって!」
「そうか」
旦那様はよく笑いかけてくださるようになりました。ゆらゆら濃淡がゆれる青い目が細く和らぐのは、どこかくすぐったく感じてしまうのが不思議です。
このお屋敷に来てから半年ほどたちました。
私もすっかり大きくなって、おやつを一口食べたくらいでは夜ごはんを残すようなことにはなりません。
まだ旦那様の倍とまでは食べられませんが、そうなる日も近いと思います。
私を抱き上げたまま私室に向かう旦那様の後ろを、おやつが入った箱の蓋を閉じながらロドニーがついてきます。目が合うと、もう一度蓋をあけて中身を覗けるようにみせてくれました。いっぱい!いっぱい色んな色のマシュマロが並んでます!この間宝石商がもってきた箱にはいってるお飾りみたいです!
「最近流行だそうだぞ。部下が言ってた」
また食後になと、もう一度小さく笑ってくださいました。
「明日の準備は滞りないか?」
今日のメインディッシュは、皮をぱりっとさせて焼いたチキンです。ナイフをいれると透明な肉汁と脂がぱちんと弾けました。噛み締めると柔らかくてジューシーです。スパイスがぴりっと舌にくるのも楽しい。添えてあるおいももほこほこです。
旦那様のお皿にあるチキンは私のより倍は大きいのですけど、あれは鶏のどこの部分なのでしょうか。
「……俺の肉が特別に大きい部位ではなくて、君の肉が食べやすく切られてるだけだからな」
どうして考えてることがわかったのでしょう。見すぎましたか。
「明日の準備はすっかり整っています。タバサも合格をくれました。後はドレスを着るだけです」
「お、おう」
旦那様はちらりとタバサを見て、その頷きを確認しました。そうでしょうそうでしょう。
明日は結婚して初めての夜会です。貴族令嬢は十五歳になると王城で開催される夜会でデビュタントを行うのですが、私はしてないので実質デビューとなります。何するのかはまだよくわかりませんけど、今回の夜会も王城で行われるものなのできっと御馳走が並ぶと思いますから楽しみです。
ダンスをするのも知ってます。旦那様が練習のお付き合いを何度もしてくださいました。高く持ち上げてくるくる回るアレが好きだというと、それはもう目が回るくらいくるくるしてくれるのです。
魔王のときは最終的に空を飛べたので、その時見た風景が思い起こされてとても楽しい。明日もしてくれるかもしれません。やっぱり人間の身体では沢山チキンを食べたところで翼は生えませんし。
「あ」
「ん?」
「思い出しました。あっちの方角はドリューウェット領ですよね」
「また大雑把にきたな」
この王都の大体北西のあたりを指さすと、眉間に皺を寄せる旦那様がその指さした先に視線を向けました。
「まあ、方角的にはそうだな。王都からは間に小さな領がひとつあるが」
「距離まではちょっとわからないです。でもあっちの方の山で今日のお昼くらいに地鳴り鳥が鳴きました」
「地鳴り鳥?あれは鳴くのか?」
地鳴り鳥は、身体こそ小さいですが立派に魔物です。臆病だから巣にちょっかいかけない限りは歯向かってきませんけど。旦那様の問いにイーサンが首を傾げました。
「鳴きます。鳴くときは巣の近くで山崩れします」
「――いつだ」
「地鳴り鳥は臆病ですから、山崩れを察知すると慌てて巣を移動しようとするのです。焦って鳴いちゃうんです。でも臆病だからすっごく早いうちに騒ぎ始めるんです。だから、んー、三か月くらい?」
「長いな!?」
「臆病なので」
「あちらの方角ですと、ドリューウェット領の東端にあるキンジャー山でしょうか。あの辺にある山はそのくらいかと」
イーサンがいつどこから出したのか、地図を広げて旦那様に見えるよう差し出しました。ポケットに入る大きさじゃないです。いつも不思議です。イーサンは欲しいものを欲しい時に取り出してくれます。天恵なのかもしれません。
旦那様は地図を睨んで、ふもとの村は小さいな、これなら避難も早くできるだろうと頷きました。
「ただ山はそれなりに大きいか……距離を掴めないとなると場所の特定は厳しいかもしれん」
「臆病なので地鳴り鳥は基本的に山奥に巣をつくります。だからその時期に山には入らないようにしたら大丈夫です。あとは土砂がはいって川が汚れたり川筋が変わったりすることがあるので、ふもとにある人里の水源に気をつけたらいいのです。ロングハーストではそうしました」
三か月あれば結構準備はできるものです。旦那様が伝令鳥を領に飛ばすようロドニーに指示をだしました。
「毎度のことながら驚かされるな――天恵に感謝を」
テーブルを回り込んだ旦那様が、前髪の生え際あたりに口づけて「いつもありがとう」と言ってくださいました。
この半年の間に、気がついたことを何度かこうしてお知らせしてます。最初は驚きながらも、対策はしておいて損はないからなと領に連絡してくださいました。今では領でもすぐに対策してくれるようになったそうです。
ロングハーストでは誰も信じてくれなかったから、理由を話さずに指示だけだしました。サインする書類に書き足しておけばいいのです。
魔王の時はどうだったでしょうか。近くの村にいた者たちはごはんを時々森の入り口においてくれてましたけど、嬉しかったかどうかはわかりません。思ったことは覚えていないので。
ここでは信じてくれてありがとうもしてくれます。
ごはんよりも嬉しいご褒美があるってことを、私は初めて知ったのだと思います。