20 あつくなったらいきてるのをつかまえてのるのもいいんじゃないかとおもったので
ドリューウェットのお城に到着しました。今日はお城で一泊して、明日また王都へ向かって出立するそうです。
先触れをちゃんと出していたので、義父上や義母上たちが馬車寄せのところでお出迎えしてくれてます。馬車の窓から見えました。きっちり敷き詰められた石畳の上で、かっぽかっぽと馬の蹄がゆったり鳴っています。
「旦那様!義母上がいます!」
「アビー、そろそろ靴を履きなさい」
「はい!」
靴を履いている間に馬車が止まって、従僕が小階段を用意している音が扉の向こうから聞こえてき、あっ、靴片っぽない!靴ないです!
「落ちる。落ちるから」
旦那様が座席の下を覗き込む私の肩を押さえながら、私のスカートの陰から靴を見つけて履かせてくれました。差し出された手をとって馬車から降りたら、きちんとご挨拶です。そして義母上たちからおかえりなさいの抱擁を受けます。サミュエル様には抱っこを強請られたので抱き上げようとしましたら、横から旦那様がすいっとサミュエル様を抱き上げてスチュアート様に渡してしまいました。
旦那様の私室で一緒に旅装からお着替えして、家族用のサロンに行くと皆さん勢ぞろいです。これからお土産を配るのです。私と旦那様が選んだお土産です。馬車で三日程度の場所だし、わざわざ要らないぞって旦那様はおっしゃってましたけど、いってきますってしたのだから必要です。
義母上には真っ赤な地色に黄色と緑の大きな実がいっぱいなってる絵柄でつるつるの布です。異国のものだって旦那様は言ってました。義父上にはおっきくてつよそうな角です。海の魔物も角があるのがいるとは知りませんでした。でもきっとこれはつよいやつ。義父上は角についてる紐を不思議そうに見てますが、それの使い方は私にもわかりません。つよそうだったからなので。旦那様は肩を震わせながらおすまししてます。
スチュアート様とステラ様へのお土産は、旦那様はステラ様がご懐妊なのでそれに合わせた何かがいいかもなって教えてくださいました。私はお腹に子のいる人間が身近にいたことがないのでよくわかりませんから、ロドニーにも聞きましたら、ロドニーも産んだことないですねって。それはそうでした。結局取っ手のないカップにしたのですけど、夫婦用だと店員に教えてもらったそれは、丸みのある大きなカップと小さめのカップで旦那様とそれぞれ持つと両手にすっぽりちょうどいい感じにおさまります。白磁に花びらや雪が透かし模様にはいったきらきらで、私と旦那様用のも模様違いで買いました。
「――ひゃぅ!?」
そしてサミュエル様へのお土産が部屋に運び込まれた途端に、サミュエル様は甲高い鳴き声をあげてステラ様の後ろに隠れてしまったのです。なんで。
◆◆◆
今にも零れ落ちそうな涙を湛えながら大きく目を見開いて、サミュエルはステラ義姉上の後ろに隠れている。予期していなかったであろうその反応に、アビゲイルは土産のはく製とサミュエルを交互に見てうろたえ始めた。
「サミュエル様、これ、つよそうですよ。ね。つよそう」
うん……強そうだからびびってるんだろうな。わかるぞサミュエル。
使用人の男二人が運び込んだはく製は、アビゲイルが「亀です!図鑑で見た亀です!」と言い張ったものだ。確かにおおまかなパーツは亀なんだけれど、亀の甲羅には放射状に伸びる五本の角はないし、下あごから天に突き出すような牙もない。アビゲイルは気がついていないけれど、父にあげた角もこの角亀と呼ばれる魔物のものだ。
ずっと堪えている息が今にも吹き出そうで苦しいし、部屋の隅でロドニーが腹痛のふりを始めているんだがやめろ。
「――ジェ、ジェラルド」
「……アビゲイルがどうしてもと」
父の何かを堪えるような囁き声は震えていて、応える俺の声も同じように震えてしまった。調度品を適当に寄せて絨毯の上に置いたはく製は、ゆうにローテーブルの高さを越えていて、甲羅の胸囲とでもいえばいいのか、それは俺が両腕を伸ばしても半分も届かず抱えきれない。アビゲイルはその角亀のそばに立ち、角の一本をつかんでは「ほらっおっきくてつよそうですよっ」と繰り返している。うちの小鳥は基準がまず大きさと強さなんだよなぁ。
母とステラ義姉上は扇で顔を完全に隠して斜めになったまま止まっているし、兄はソファの肘掛けに額をつけている。奇妙な静けさに満ちた室内で、アビゲイルの焦りのにじむ声とサミュエルの頼りない悲鳴が不思議と会話のように掛け合いになっていた。
そして、あっ、とひらめいたように輝いた顔をみせたと思った次の瞬間には、アビゲイルが角亀に飛び乗っていて。
「ほら!乗れますよ!ほら!ぴったり!」
「……ひょっ」
ぴったりってなんだ。サミュエルも急に興味を覚えたような顔になるのはなんでなんだ。
もうロドニーは退室したようで姿が見えない。逃げやがった!
サミュエルはすっかり機嫌をよくして、アビゲイルと一緒に角亀にまたがっている。サミュエル付きの侍従が角亀の後ろを押し始めると、二人そろって「ぉぉ……」と声をあげた。アビゲイルは軽いから、絨毯の上でもなんとか滑らせられたのだろう。いや本来あれは壁掛けにして飾るものだと聞いているし、ああして遊ぶものでもないとはわかってるんだが。
「亀は、こんなに硬くて大きいのに、海の中で泳ぐそうですよ」
「あびーちゃん!すごーい!」
「はい!すごいです」
いちはやく立ち直った兄が、まだ困惑を顔にのせながら耳打ちをしてきた。それなりに高額だし、子どもの遊具として与えるものではないからだろう。まあ普通は虚栄心の強い成金趣味の金持ちが、道楽で集めるような類のものなのは間違いない。
「あれはサミュエルにってことでいいのかい……?」
「アビゲイルがサミュエルにぴったりだと言うので。あれは腹に布を打てば床に滑らせても大丈夫じゃないですかね」
「いや、ありがたく受け取るが、えぇ? 何その提案……」
楽し気に角亀にまたがる二人はなんだか勇ましくも微笑ましいし。
「専用の台車つくるのでもいいかもしれませんし、何より可愛くないですか。あれ」
「いやいやいや……まあそれはそうだけど、お前、ジェラルド、ほんと自由になったね……」







