15 おっきいのはいいものですしおっきいからやっぱりすぐにみつけられました
貝殻細工のお店の他にも異国の布を扱うお店とかも見てから、砂浜にまたやってきました。砂が湿っているけど波は届かないところまで来ちゃえば歩きやすいです。
「アビー、危ないから波打ち際にあまり近寄るなよ」
「はい!」
歩きやすくなったので、手は繋いでません。貝殻は砂浜にも落ちてるってお店の人が言っていたので見てみたかったのです。もしもっとすごいのを見つけたらタバサにあげましょう。お留守番してないけどロドニーも欲しいって言ったら、もうひとつ探してあげてもいいです。
海のことは森ほどわかりませんけど、それでもなんとなくどんなのがどのへんにいるかはわかります。ずうっと続く砂浜には私たち以外の人影はありません。波は寄せては引いて砂を均していきます。――あっ!
「旦那様!捕まえました!」
駆け寄って捕まえたのを旦那様に見せに戻ります。私の手よりも大きいけど握りやすい形をしていました。真っ赤なカエデみたいです。カエデの木は森にありました。甘い蜜があるのです。
「それはヒトデだな……探してたのは貝殻じゃなかったか。戻してあげなさい」
「そうでした!」
貝は硬い殻がついてるから、こんなぐにっとはしてません。間違えました。波が届くところに向けて投げると、ちょうどよく寄せてきた波にさらわれていきました。気を取り直して貝殻を探します。よく考えたら私がなんとなくわかるものは生きてるものです。貝殻は生きてません。
「……普通ヒトデって落ちてます?」
「まあ……アビーだからな」
「あー」
仕方ないので砂浜をよく見ながら歩きました。穴があいてるとこを掘ってみたらおっきなミミズみたいのとか出てきましたけどお前じゃないです。ぽいってしたらロドニーがうぉおって叫びました。なんで。護衛たちは私や旦那様やロドニーを囲うようにちょっと距離をとってますから、私はそこから出たりはしません。旦那様と約束したので、その中で探します。
「……アビー、ちょっとこの辺探してみなさい」
「はい!」
旦那様が指さしたあたりをじっとよく見てみましたら、半分だけ砂からのぞく殻がありました。濃い桃色が端に行くほど薄くなっていて私の親指の爪より一回り大きいくらいです。
「旦那様!ありました!これは可愛いですか」
「――っ、うん。可愛いぞ」
やりました。これは可愛い貝殻です。でも。
「これはさっきお店で買ったのよりちっちゃいです。もっとおっきいのならタバサにあげようと思いましたのに。これならお店で買ったののほうがいいかもしれません」
「だったら俺にそれもらえるか?」
「これでいいのですか?もっとおっきくなくていいですか?」
「ぶふっ、――い、いや、これは記念にいいと思ってな」
「きねん」
記念とはなんでしょう。建国記念日とかは知ってます。習いましたので。貝を拾った記念?それはちょっと建国記念日とは何か違う気がします。
「あー、そうだなぁ。初めてアビーとこの街に来て、初めてアビーが自分で見つけた可愛い貝殻だからな。これを飾っていたら見るたび思い出すだろう?それが記念だ」
「記念」
私は一度見たことや聞いたことは忘れませんので、この貝殻がなくても覚えていられます。旦那様を見上げたら柔らかなまなざしで私を見つめていて、ちょっと耳の先が赤いです。砂だらけの私の手の中の小さな貝をもう一度みたら、旦那様の耳の先と同じ色をしています。ロドニーはちょっとはなれたところで上半身をひねったりそったりしてます。
「記念、は、お花の飴と一緒に飾りますか」
「ああ、いいな。どう飾るか帰ってから一緒に考えようか」
「はい!」
旦那様が出したハンカチの上に載せた貝殻は、丁寧に畳まれて胸ポケットにしまわれました。それから私の手についた砂を優しく撫で落としてくださいます。
「さあ、そろそろ帰ろう。今夜はアビーの誕生祝いだ。その前に昼寝もしなきゃだろう?」
「お誕生日!」
そうでした。本当は昨日の夜の予定でしたけれど、私が眠ってしまっていたので今夜になったのでした!船で獲れたお魚もつかってご馳走ができているはずなのです!私たちが別荘にいる間だけ雇った料理人は、この街の料理人なのでお魚料理は得意だって言ってました。今夜は特別にタバサもロドニーもみんな一緒にご馳走を食べるって!
旦那様がワンピースについた砂もはらってくれて、それからつなぐために手が差し出されたとき、視界の端で、すうううっと波が大きく引いたのがわかりました。
「あ!かに!」
「アビー!?」
波に取り残されたおっきなかにがいます!慌てて波を追っかけてるようですけど、私は足が速いのです!ふたつのはさみをそれぞれ掴んだのと、私を追いかけてきた旦那様が腰を抱き上げてくださったのはほぼ同時でした。
そして目の前にはかがんだ旦那様より高く立ち上がった水面。
どんっと叩きつけられるような衝撃は、私を抱え込んだ旦那様の背中が受け止めてくださったのでしょう。だけど大量の海水がたちまちのうちに私たちを巻き込んで、ぐるぐると転がしていきます。ごぼっと口から空気が持っていかれました。あ。うにも転がってる。
押し寄せた波は私たちを護衛たちのもとに届けて引いていきました。両足を投げ出して座り込んだ旦那様の足の間にいる私はしっかりと抱え込まれたままです。
護衛たちの慌てた声とぶはっと息を吐き出した旦那様の声が頭の上から降ってきました。
「アビー!大丈夫か!」
「旦那様!おっきなホタテ!ふたつも!」
つかんでいたはずのかにではなく、私の両手にはそれぞれ大きなホタテがあったのです!高々とあげて旦那様に見せました。これタバサにあげます!







