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5 それはとってもあまくてとろりとしてて

本日二回目の更新ですのでご注意をー

 俺の片手も余るくらいに小さなスープボウルに入ったパン粥を平らげて、一仕事終えたような風情のアビゲイルに詫びた。


 いくつになっても素直な(あるじ)はいいと思いますとかロドニーは茶化すけれど、なんの咎もない子ども相手に血も涙もない所業をした自覚くらいはある。女として見れそうもないことは変わらないが、せめて家族として歩み寄ることくらいはするべきだし、それにはまず謝罪しなくては始まらない。

 今更かよとはロドニーに言われるまでもなく、自分の頭の隅で自分が叫んではいる。うるさいわかってる。


「すまなかった。しゅ、淑女にとる態度ではなかった」


 重ねた枕を背もたれにしてベッドに座ったままのアビゲイルは、口を半開きにして真っ直ぐ俺を見上げている。せめて噛んだのは勘弁してほしい。二十二歳にもなって情けない言い訳だが、詫びること自体俺は慣れていない。ぐっと奥歯を噛み締めていると、気にしてませんとアビゲイルは平坦な口調で言った。


 こうして明るい部屋で見ると、直毛のくすんだ赤毛はぱさついているし、幼い顔立ちだけに青白い顔色が痛々しい。細い顎にはバランスが悪いほどに大きな瞳は、琥珀色かと思っていたが珍しいほどに輝く金色だった。

 その瞳はどこか透徹(とうてつ)としていて感情を覗かせない。子どもの頃に見つけて保護した、巣から落ちた雛を思い出させて居心地が悪かった。


 できるだけ食事は一緒に取るようにしてみると、タバサも言っていたが所作は貴族令嬢として不足がない。生家での扱いは悪かったようだが、教育くらいは受けさせてもらえていたようだと思えば「令嬢としての価値くらいはつけないと元がとれないって言ってました」とどこか得意気に言い放つ。それはそうだ。そうなんだけどな。確かに嫡男以外の貴族には否定できない側面ではあるんだが、誰だ言った奴は。そして何故得意気だ。


 数日も経てば、湧き上がる庇護欲は抑えようもないなと自覚せざるを得なくなっていた。


「ごはんを食べたいなら働かなきゃいけません。ロングハーストではメイドのお手伝いをしたら、パンをもらえました。だから私お掃除も上手にできます」


 だからこんなことを聞けば、それはもうむかむかと怒りで胃が煮え立つ。



◆◆◆



「――これはっ」


 つやつやした黄色がぷるんとした表面に、焦げ茶色の何かがかかっていて、周りには賑やかに一口サイズの果物が何種類もひとつずつ並んでいます。これはプリンってものです!知ってます!義姉が食べてました!


 旦那様とお庭をもう一回りしてから、いいお天気ですしねとタバサが四阿(あずまや)に用意してくれた昼食をいただきました。

 中身の違う小さいサンドイッチがいくつもあって、それだけでも選ぶのが大変で、でも楽しくて。私が鳥肉のと、きゅうりのと、卵のを食べてる間に、旦那様は全部の種類を三周くらい食べてました。

 まだもうひとつくらいはいけるはずと考えていたところに、これです!プリン!


 思わずタバサを見上げると、そろそろデザートがあってもよろしいでしょうと頷いてくれました。


 スプーンでひとさじ掬えば、スプーンの上のプリンもお皿の上のプリンもぷるぷる揺れます!


「……新鮮です」

「ぶふっ――」


 なにか旦那様が()せてますけど、ちょっと私はプリンに釘付けなので。


 スプーンから端が少しだけこぼれそうでこぼれないぎりぎりの黄色に焦げ茶色。口に含むとふわぁっと広がる甘さとほろ苦さ。とろっと舌を転がってすぅっと消えました。え。消えた。噛んでないのに消えました!いつのまに!


「すごいです。にんじんより甘い……」

「こほっ――お、おう、そうだな……そんなにか」


 こんなに甘いもの食べたことありません。果物も甘いですけどそれとは違う甘さです。


「魔王の時には多分こんなのなかったと思います……ロングハーストでは義姉が食べてましたけど、これがプリン……にんげんでよかったぁ」

「……んんんん?」


 ほおっとついた自分のため息すら甘い気がします。

 ふたくち、みくちと、口の中がとろんとろんになっていきます。これ卵ですよね、卵ってこんなふうになるんですか。添えてある苺もひとつ含むと、これもまた甘いのですけどプリンとはちょっと違ってさっぱりします。


「まおう?」

「はい、森のそばにあった小さな村ではおいもが一番甘かったです」

「いやそこでなく、ああ、うん、どこだろうな……」

「ロングハーストですか?」

「あー……ロングハースト、そうだな、ナディア嬢か。ナディア嬢が食べてる間は」


 なんでしょう。旦那様がすごく何か言いたげです。プリンは歯になんて挟まらないのに。とろんとしてるのに。


「義姉たちとは一緒にごはん食べないです」

「――っ、君は」


 ああっ、苺でさっぱりした口の中でまたプリンがとろんて!ふわぁって!


「アビゲイル、君はその、ロングハーストの者が憎くないのか」


 口からスプーンを出さないまま、旦那様を見てしまいました。お行儀悪いです。いけません。


「にくい?」

「ああ」


 旦那様のプリンはまだ手がつけられていません。お食べにならないのでしょうか。お嫌いなのでしょうか。美味しいのに。


「私は元魔王なので、人間を憎いとはあんまり思わないです。ロングハーストの者も憎くないです」

「まおう」

「はい。あれ、もうあと一口くらいしかないです。どこで溶けたの……」


 その一口分を半分にスプーンですくいました。


「まおう……魔王?」

「アビゲイルに生まれる前は魔王っていわれてました。だから私より弱い人間は憎くないです」

「あー……そっか。そうか……俺の分も食うか?」

「えっ、だめです!旦那様も味わってください!」


 旦那様はなんだかとてもなんとも言えないような顔をして、ご自分のプリンを譲ってくれるとおっしゃいましたけど。

 私は最近気づいたのですが、旦那様のゆらゆら濃淡を変える青い瞳はとても柔らかな気がするし、食事をご一緒するともっと美味しくなるような気もするのでプリンも一緒に食べたいのです。



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― 新着の感想 ―
魔王時代の事を思い出しながらつづる形式
ほんっと『ふつーに』元魔王と認識してるし言っちゃうの最高杉♪♪♪
[良い点] ここまであっさり「元魔王です」って名乗るヒロイン、他にいないよなあ( ̄▽ ̄;)
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