47 わたしはやめることもないしいつもすこやかです
「……とてもお美しいですよ。奥様」
ドレス着るだけじゃなくて、湯あみも髪結いもお化粧も、たくさんすることがありました。そういえば夜会のときもそうでした。それどころかずっといっぱいすることがあったので、もっと早起きだったのも仕方がなかったです。やっぱり早く眠って正解でした。ふわふわしたのでとてもよく眠れましたし。旦那様はさすがです。
首から肩、中指まで真っ白なレースでずっと覆われてますけど、透けてて寒いですからねって、さらに目の詰まったレースの大きなショールを腕に絡ませます。縁にはふわふわの真っ白な毛がぐるっと縫い付けられていて、きらきらしてるのはクリスタルビーズだって言ってました。お胸からウエストまではぴったりと体にそっていて、光沢のある生地に金糸で細やかな刺繍がみっちりされています。床に引きずる裾も蔦が絡んで伸びてくるような刺繍レースでいっぱいで、踏みつけないように侍女たちが常にさばいてくれます。これにもっと長くのびるヴェールを被るのです。
髪は全部結い上げてるのですけど、何をどうやったのか私のまっすぐな髪がふわふわうねうねくるくるです。ずっと見てたのですけど、どうしてこうなったのかはさっぱりわかりませんでした。小さな星の形をしたお花がたくさん刺さってます。これはにせもののお花なので食べられません。
礼拝堂の入り口まではタバサが、そこからは義父上がエスコートしてくれます。ふわりと頭に載せられたヴェールは思ったより前が見えなくて、昨日義父上がゆっくり私に合わせなさいっていった速さでちょうどよかったのがわかりました。
誓いの言葉も指輪交換も、昨日の練習の通りちゃんとできましたし、サミュエル様も今度はおめでとうございますってお祝いの言葉だけしかいいませんでした。
でも、旦那様は私のヴェールをあげてくれたとたんに、動かなくなりました。
神官様に二回ほど小声で呼ばれて、でも動かなくて、ちょっとつつかれたらびくってしてすぐにお顔が真っ赤になったのです。
「……すまん。綺麗だったから呆けた」
小さくぼそっと早口でつぶやいて、優しく口づけをして、すごく嬉しそうに微笑んでくれました。
…………?
「なんで一回ですか。もっとがいいです」
「――っ」
ぎゅっとしてちゅっちゅっちゅって三回してくださいました。きのうと同じです。いいことです。
お披露目はドリューウェットの王都邸でパーティです。お城ほどではありませんが、王都邸だってとても大きくて広いのです。王都でこれだけの広さを持つ邸宅はそれほどないって聞きました。
教会から移動して、私はすぐにお着替えです。髪はハーフアップにおろしましたけど、ふわふわくるんくるんのままです。お化粧も直して、髪飾りも色とりどりの生花に変えて。これは本物ですけど、苦くて美味しくないから食べないお花です。
ドレスは紺色で肩は丸出しのベアトップっていってました。お胸からと、裾から真っ赤なネリネの花が蔦のようにいっぱい咲いている模様です。ネリネってあれです。ドリューウェットのお城でサミュエル様が私の髪色だって見せてくれたお花です。
旦那様色のサファイヤ魔石だってつけてます。いつも首から下げてるのをもっとご立派な金細工のお飾りとあわせてつけたのです。タバサが考えてくれました。やっぱりタバサはすごい。
「――うん。うん」
ずっと頷いてる旦那様を、ロドニーが肘でつついてます。旦那様がその肘を払い落としてもつついてます。それから旦那様はこほんと咳ばらいをしてきりっとしました。
「アビゲイル、そのだな、とても綺麗だから」
「はい!」
「絶対俺のそばから離れないように」
「はい!」
大広間に続く両開きの扉の向こうからは、たくさんの騒めきがもれ聞こえます。
旦那様の左腕をしっかり掴んで、おすましの顔です。
今日はおすましとにっこりを上手にしていたらいいって義母上が言ってました。
大広間に入れば、拍手と歓声で迎えられます。お客様はドリューウェットと親しいおうちの方と、あとは旦那様が軍でお世話になったり仲良くされている方たちです。旦那様が時々私を見下ろしては微笑んでくださるのですけど、そのたびに、おおおおって太い声があがりました。あ、訓練場で見かけた方たちもいます。
スピーチのときも、乾杯の時もしっかりちゃんとおすましです。ご馳走もテーブルにいっぱい並んでますけど、ちゃんといろんな方にご挨拶する旦那様から離れません。だいじょうぶです。全部食べたことありますし。あ。閣下です。将軍閣下が、ははははって旦那様の肩を叩いてるのをおすましして見ていられます。ご馳走は見なくても平気。今日までの間、料理長たちがちょっとずつ味見させてくれてました。全部美味しかっ――えっ。
「ああ、なるほど。ジェラルド君が唯一こだわったってのがあれか」
「……またロドニーですか」
将軍閣下が旦那様ににやりとした顔をしながら、その方向を顎で示します。いけません。私は今おすましとにっこりの時間ですので、そっちはあんまり見ちゃいけ、あ、大広間の真ん中に置くんですね!周りのお客様が、おーって言ってます。
あ、あ、見えない。周りのお客様で見えなくなりました。
「いや、侯爵だよ。さっき挨拶したときにね。奥方のためにこの季節に入手が難しい果物まで手配したんだろう?」
いえ、おっきいからてっぺんのほうはちょっとまだ見えます。え、すごい。てっぺん見えるくらい高いってことです!
「ははははっ、奥方が跳ねてるぞ。ここはいいから連れて行ってあげなさい」
閣下に二人でお礼をもう一度言って、旦那様が私の背を軽く押してエスコートしてくれます。そう!そっちです!
――ふわああああ!おっきなケーキ!!
真っ白な生クリームで塗られた土台は何段もあって、キャスターの上にのせたままですけど、てっぺんは旦那様よりも高いところにあります。あれ、これどうやって焼いたのでしょう。ここの厨房のオーブンはこんなに大きくないです。義母上に見せてもらったし知ってます。クリームのお花は桃色のと黄緑色ので、お花をつなぐ茶色はなんでしょう。あ、これモンブランケーキの上のうねうねに見えます!きっとそう!そしてクリームのお花だけじゃないです。
「旦那様旦那様旦那様」
「うん」
「お花の飴が咲いてます!」
「おう」
ケーキの側面を縁取るみたいにいっぱいお花の飴が刺さってる!
「旦那様。これどうやって切るんでしょう。切っても高くて倒れちゃわないでしょうか。え、倒してもこれ載せられるお皿ってないです」
「大丈夫だ。横にも切る。でも最初はな」
そう言って旦那様はスプーンで大きなケーキからひとすくいしました。おっきいケーキ切らないでそのままひとすくいです!
目の前に差し出された一口分のケーキは、ふわふわなスポンジの薄黄色にたっぷり白い生クリームと、刻んだ果物でしょうか。色とりどりのかけらが挟まってます。そしてちょうどいいところに小さなお花の飴がひとつ。美味しい!!とろとろのふわふわで甘酸っぱいのもみずみずしいのもあって、かりかりってするのは飴です!
「美味いか」
「はい!」
旦那様はもっと美味しいものを食べてるみたいに嬉しそうにして、それから、私の唇をぱくっと食べて「甘いな」って笑ってくださいました。
これはとても甘くてふわふわするいいことです!
これにて第一章完結です。
そしてですね、さすがに書籍作業がはいってきついので、第二章分のストック作成もかねてひと月ばかりお休みをいただきます。次回更新は6月下旬くらいでしょうか。
よければ一章完結のお祝いに評価とかいれてくださるとモチベあがってうれしいですのよ!ありがとうございます!(お礼先払いシステム)
どうかブクマはそのままで!そのままでよろしくお願いします!







