39 はんぶんくらいちょっとよくわかりませんでしたけど、はんぶんくらいはわかったとおもいます
「いやもう何から聞いていいのかわからんのだがね」
見学席にお迎えに来てくれた旦那様は、私を抱き上げながら「すまん。俺がいいと合図するまでは閣下の質問に答えないでもらえるか」と耳打ちをしました。なので、閣下の執務室にお邪魔している今はハンカチにくるんであったサーモン・ジャーキーを齧っています。ちゃんと閣下には半分いかがですかっておすすめはしました。遠慮されたので一本そのまま私のです。
小さめの一本ですし、さっき運動したからこのくらい平気です。おなかはいたくなりません。
「……奥方に聞いても答えてはもらえないだろうとは思いはしたが、その意思表示としては斬新だね」
サーモン・ジャーキー食べてたら答えなくていいのです。閣下もご存知だったようなので、頷きを返しました。
閣下は、んーと瞑目して天井を仰いでいて、私の隣に座る旦那様は背すじを伸ばして両腿を掴んでますが、ちょっと俯きがちです。閣下はふと気づいたように、壁際に控えるタバサとロドニーに目をむけました。
「ロドニーと、タバサだったか。その二人は内情を把握している身内ということでいいんだね?」
「……はい」
「そうか、そうか。奥方を隠したい理由は面白いことだけでなく、本命は別にあった、と。まあ、そんな予感が若干してはいたがなぁ」
私は隠されていたらしいです。知りませんでした。タバサを見ると【言いました】って顔している気がします。そういえばそうだったでしょうか。聞いたことは聞いたけどどれを隠すのかわからなかったことはあったと思います。多分。
「ジェラルド君、詠唱関係なく魔法を発動できるのは奥方の天恵と関係してると考えても……ああ、どうしようかね。私の立場だとそれも聞かない方がいいだろうか」
私のように天恵を武器にできる場合とそうじゃない場合があるからね、と閣下は独り言のように続けます。
「といっても、そもそも私は奥方自身のこともまだよく知らない。ジェラルド君、君が優秀な軍人である一方で野心のない男なのは知っている。だが、だからこそか、他人の機微にも疎いし……。まあその辺はロドニーが補佐するだろうが、奥方の能力を隠し通すつもりならもう少し年長者を利用したほうがいいね。君、いざとなれば奥方連れて逃げるつもりだろう?」
「そ、れは、その」
旦那様は私の方をちらりと横目でみましたけど、すぐ閣下へと視線を戻しました。ちょっとだけ気まずそうなお顔に見えます。……サーモン・ジャーキーは今齧ってるこの一本しかないのですが、旦那様にお渡ししたほうがいいでしょうか。タバサを見ると小さく顔を横に振られました。そうですか。
「ああ、よいよい。君がこれほど人間臭くなったくらいだ。その入れ込みようがどれほどのものか、わからぬほど無粋でもないつもりだよ私は。ただ、ドリューウェット侯爵は、君も知っての通り私と旧知の仲だ。彼の協力は得ているんだろうね?」
「はい。それは話がついています。……詳細を知らせてはいませんが」
「ほお……あの侯爵が詳細を確認せずに、ね。ふむ。まあいい。私はね、君がこうして伴侶を得て情を寄せてることを実に喜ばしく思っているわけだ。前の戦では君も武功をあげて帰ってこれはしたし、実力は折り紙付きだけれど、やはりね、帰ってくるための原動力ってものは待つ者への執着だよ。君にはそれがなかった。起きてほしくはないが、今は平時でもいつまた戦や魔物討伐に出るかわからんのが私たちの仕事だ。執着を得た君はまだ強くなれるだろう。だったら私も協力しないわけにいかないね。私も自分が育てた優秀な部下を手放したくない」
「……閣下」
旦那様の肩から力が抜けたようにみえたので、腿の上の手をとんとんしてあげました。閣下が、くっと俯きます。
「だが、いくらなんでも本人がこれほど無防備だとな。君らですらさっきのは予想外だったとみたぞ?」
「……あー、その、妻は魔法の使い方を覚え始めたばかりでして」
「――は?さっきのは雷魔法だろう。難易度の高い魔法をあれだけ即座に発動しておいてか?」
旦那様はまっすぐに将軍閣下と目を合わせて続けます。
「はい。自分が教え始めて二週間弱です。素養があるのはわかっていましたが……閣下はもうお聞き及びと思います。妻はロングハーストで幽閉されているも同然でした。令嬢としての教育だけはされていても、洗礼すら受けたことがなく、ロングハースト家では全くその素養を認識していなかったようです。そのせいもあり、己が他の人間とどう違うのか、違いがあるのかどうかすらピンとこないようで……無詠唱も自覚がないといいますか、あれ、詠唱してるつもりなんです……」
「私できてました」
「してるつもりってあり得るのか……」
さっきはちゃんとできていたと思うのです。サーモン・ジャーキーから口をはなしてお伝えしたのですけど、旦那様にそっと戻されました。
「人前で魔法も使わないようにと言い聞かせてるんですが、その、おそらくですね、自分の真似をしたくてしかたないらしく……」
「してたな……真似……」
「はい……」
そういえば言われた気がします、けど、旦那様と同じにできればいいはずだと思ったのも思い出しました。同じにできましたし。でも多分今聞いたらいけない気もしてきたので、黙ってることにします。
「……真似だから"凍てつけ"か?魔術障壁ごしで聞こえたわけでもないだろうに」
「妻は耳がいい、ので……」
「みみがいい」
耳いいです。ちゃんと聞こえました。
「――これだけは教えてもらえるか。何故あそこで雷をつかったんだね?真似なら氷だろう?」
旦那様を見上げると頷きが返されたので、サーモン・ジャーキーのやわらかくなったところを齧って呑み込みます。
「あれなら閣下は消せません。氷より雷のほうができあがるの速いです。閣下は目で見ないと消すのできないので」
ずっと優しそうに細められていた目がまん丸くなりました。あ、明るい茶色ですね。あら、旦那様もまん丸です。やっぱり旦那様の色のほうが好き。
「……ジェラルド君」
「自分も初耳です」
「だよねぇ、私も気づかれたのは初めてだ。まああの速度で雷を発動できる者はまずいないがね――まいったな。思った以上に有能すぎるぞ君の奥方。聞かなきゃよかったかもしれん……」
ほめられました!私はつよいのです!旦那様の妻ですから!







