37 そーせーじにはあたりとはずれがありますけどえらいひとはしらないみたいです
「アビゲイル?どうした」
旦那様の執務室です。ソファに座る私の横には旦那様、大きくて重そうなローテーブルを挟んでお向かいに座ってるのは将軍閣下。マーヴィン・ウィッティントン将軍閣下って紹介されました。タバサとロドニーは壁際で静かにお昼ごはんの支度をしています。持ってきたバスケットからお皿に移してるのです。いっぱいあるからご一緒にどうぞって、旦那様が将軍閣下をお誘いしましたので。いっぱいありますよ。私もバスケットに詰めるお手伝いしたから知ってます。でも今私はそれどころじゃありません。
将軍閣下はちょっとおすましのにこにこをしています。おいくつくらいなのでしょうか。多分旦那様より偉い人です。閣下ですし。多分。
「……旦那様よりつよいにんげんはじめてみました!!!」
「――ア、アビゲイルっ」
「ほお?」
将軍閣下の細めた目の奥が強い光を灯しました。わあ、つよい。すごい。
「何故そう思ったのかね?私はこの通りいい歳だし、ジェラルド君より体も細いがなぁ」
確かに魔力量も旦那様のほうがずっと多いし身体も大きいです。でもにんげんには、魔力の多さとも力の強さとも違うつよさがあるのです。だからにんげんは自分よりずっと魔力も多くて身体も大きな魔物をやっつけられます。将軍閣下はそれです。
なのでなんでそんなことを聞いてくるのかちょっとわからないです。このにんげんはそんなこと知ってるはずですのに。隣の旦那様を見上げると眉間に深い皺がありました。もしやこれは。
「……旦那様、内緒でしたか?大丈夫です。私がついています」
「いや戦わないからな?問題ないからな?」
「ジェラルド君……君の奥方面白いな」
ぶふぉって壁際から聞こえたので振り返ったら、ロドニーがおすまししてお茶をいれてました。ふわっとハーブティのいい香りが漂ってきます。
「問題ないですか」
「ない。この方は俺の恩師だ。……あー、閣下、すみません。妻はこの通り世間に疎くて、その、閣下とも遠縁ではあるそうですが、おそらく面識もないはずで」
「ああ、よいよい。私も君との縁談があがってから初めて、そういえばと思い出したくらいだ。母方の祖母筋らしいというほど遠いものだしな」
「……そう言っていただけると」
旦那様が汗をかいています。私ハンカチ持ってます。タバサに淑女の嗜みですって持たされたのです。このためだったのですね。さすがタバサです。旦那様のこめかみにとんとんハンカチを押しあてました。旦那様は、お、おうって言ってハンカチを自分でお持ちになります。大丈夫です。私もう一枚ハンカチもってますから。サーモン・ジャーキーの小さいのを一本包んであります。ローテーブルの真ん中に、お昼ごはんを綺麗に盛りつけた大きなお皿がおかれました。あ!
「噂など八割がた聞き流すものだが、今回はどうやら噂以上のようだ」
「おはなのソーセージ!」
「いえ……えー、いや、そう、ですね」
クレープに葉っぱとかハムとか包んだのが今日のお昼ごはんだったのですけど、いつのまにバスケットにこれを詰めたのでしょう。朝食べたソーセージよりも小さいソーセージの片側だけ切り込みがはいってて、それが花びらのようにくるんとしてるのです。摘まみやすいようにピックも刺さってます。
大きなお皿とは別にある私のお皿には、小さいクレープがみっつとおはなのソーセージがふたつのってます。クレープに包まれてるから中身は見えません。料理長は食べてからのお楽しみですからねって言ってましたけど料理長のほうが楽しそうでした。お楽しみなので先におはなのソーセージを食べます。タバサ……あら、タバサはこっちに背中を向けてお片付けしてます。
「ええ、閣下にはご心配をおかけしましたが、ん?ああ、うん――当たりだな。特段お手間をとらせるようなこともありませんので」
「え、なんだ当たりって」
「あ」
旦那様におはなのソーセージを一本差し出したら、食べて確認してくださいました。これは食べても大丈夫!美味しい。朝食べたのよりあっさりめの柔らかいソーセージです。
「そ、その、妻は辛いのが苦手でして」
「流れるように自然な毒味だったぞ」
「――っ閣下……わかってて揶揄うのはよしてくださいっ」
「ははっロドニー君!君に聞いた通りじゃないか。本当に面白いな!」
「やっぱりか!頷いてるんじゃないっロドニー!」
最初のクレープは、ゆで卵を刻んだのときゅうりと、ハムです!パンで挟んだサンドイッチも美味しいですけど、これは一口で具に届きます。料理長すごい。ゆで卵は小さく刻んでソースみたいになったのと大きく刻んだのが混じってて、きゅうりはこれきっとピクルスです。ハムは薄くて柔らかいけど、クレープと一緒に具を包んでるから破けない。丈夫!美味しい!あれ。大きなお皿にあった大きなクレープはもう半分なくなってます。閣下もお強いので旦那様と同じくらいお食べになるのかもしれません。
「まあ、式も披露目も行うのだろう?君はどうも業務外の人付き合いとなると機微に疎い。それを補ういい執事だ。腕も立つ。軍に引き抜こうと散々誘いはかけたが袖にされてるしな」
「ありがたいお言葉ですが、我が家は代々執事の家系ですので」
ふたつめは、クリームチーズと、葉っぱと、あ、チキンの燻製!この燻製は料理長がつくってます。燻製箱から出して切るときに見てたら、いつも一口くれるのです。いつも美味しい。
閣下が今口に運んだのも同じのみたいです。お、ってお顔してクレープの中をごらんになったので、頷いてさしあげました。そうでしょう。美味しいのです。閣下は、くっとなってナプキンでお口をおさえました。
つけあわせの焼いたおいもも食べます。お野菜も食べる約束してますし、タバサがお皿に載せてくれるものは全部食べてもおなかいたくならないのです。――ぶどう!ロドニーが三粒ぶどうがのった小皿をおいてくれました!振り返ったらタバサも頷いてくれます。これも食べておなかいたくならない量!
「――ジェラルド君」
「は」
「聞く限りあまり囲い込むのもどうかと思ったが……うん、見てるだけで面白すぎるからそのほうがいいかもしれんな。私も協力しよう」
「は、はい、ご配慮ありがとうございます……」
ぶどうに手を伸ばそうとしたら旦那様がすっと遠ざけました。そうです。みっつめのクレープ食べてからです。間違えました。間違えただけです。







