35 つまなので、だんなさまとおなじのをたべたのです
「旦那様!今日はサイズを測りました!」
予定より延びてしまった休暇だったため、王都の屋敷に着いた次の日には仕事に戻った。なので母が手配したドレスデザイナーが屋敷に来た今日は、一緒にいてやることはできなかったのだけど、アビゲイルは一仕事こなした顔で報告をしてくれている。
こう!こうしてこう!と言いながら、ぴしっと背すじや両手を伸ばしてどう測ったかの報告だ。
夕食後の蒸留酒とナッツやら何かをつまみにしながらソファで聞いているわけだが、これ付き添ってたタバサは平気だったんだろうか。きりりとした表情が微笑ましいやら可愛らしいやらでじわじわと腹が痛い。
普通は招待客のリストつくりであったり披露目の段取りであったり、花嫁が行う仕事は多いらしいが、その辺りは母やタバサが一手に引き受けてくれている。領地での披露目はステラ義姉上も色々取り計らってくれているはずだ。アビゲイルはタバサに習ったとおりに、今日の妻のお仕事を遂行したわけだ。実に頼りになる女性陣に何かしら返さねばならないとは思う。
正直、式のことは気になってはいたというか、俺としてもあの最低な日の挽回はしたいというかやり直したいという気持ちはあったわけで。
ただ明らかにアビゲイルが全く気にしていない上に、やり直す意味もよくわからないであろうとなると、俺の単なる自己満足でしかないと躊躇していた。
だから母の申し出はありがたい。ありがたかったんだが、あそこまで意気込むとは思っていなかった。今回の帰郷で両親や兄家族との距離が、唐突に近くなった感があって戸惑いが強い。
一通りの報告に満足したらしきアビゲイルが、ソファで寛ぐ俺の膝の間にすとんと座る。王都までの帰路で、すっかり定位置になったらしい。果実水をちまちま飲んで、アビゲイル用のナッツを一粒一粒大切に食べている。
近いな。近いんだよな。だけど離れる気になどとてもなれない。色々と男として複雑なものがあったとしてもだ。
アビゲイルは他の人間と自分との距離の存在自体を認識していないし、わからない。そんなスタートから意識しているのかしてないのか定かでもないけれど、それでも確実に人間というものを学んでいってるのだと思う。そしてアビゲイルを軸として、俺自身や俺と侯爵家の関係まで変化してきているらしいのは想定外だった。
自惚れではなく、アビゲイルの中で俺は今特別な位置にいるし、これから先もそうでありたい自分を自覚している。それなのに、それだからこそ、学校のような俺の手の届かないところにやるのは気が進まないんだよなぁ……。勿論学校で何をやらかすかわかったものではないというのもあるんだが。
多少酔いが回り始めた頭で、目の前にある艶やかな赤髪の毛先を弄んでいると、アビゲイルの肩が僅かに硬直した。
「……アビゲイル?」
は?何故ぷるぷるしはじめる?
「だんなひゃ、ま」
「お、おい、どうした。なんで涙目に……あ!」
「こ、このそーせーじ、はずれれす」
「こっちの皿のは駄目だっていったろ!タバサ!おい!タバサ!!ロドニー!」
初めて口にしたスパイスソーセージを、舌が痛い、はずれだと訴えるアビゲイルを宥めて牛乳をひたすら飲ませ続けた。
◆◆◆
ゆうべは失敗でした。ソーセージにはずれがあるとは知らなかったのです。
赤いから苺の味するのかなって思っただけなのに。
今朝の朝ごはんにあったソーセージは、ちゃんと当たりかどうかタバサに聞いたので大丈夫です。もう間違えません。
今日のお仕事は、ドリューウェットで選んだ旦那様色の石をどんなお飾りにするのか決めることです。
宝飾屋さんは昨日来ていたドレスデザイナーさんのマダムポーリーと懇意だそうで、お任せくださいって言ってました。何をかはよくわかりませんが、タバサが頷いてたのでいいんだと思います。あとマダムポーリーはダンゴ虫って、言い間違えないように気をつけなくてはなりません。
「――これは見事な」
旦那様色のサファイヤ魔石に、宝飾屋さんは息を呑みました。そうでしょう。旦那様の色はすごいのです。お強いですから。
「モデルとしていくつかパターンはお持ちしています。お好みに近いものを選んでいただいてですね、それをアレンジして作成に移るのがよいかと存じますが」
それともご希望のデザインがすでにあれば、ここに連れてきている職人が画に起こしますと言う宝飾屋さんに、タバサがまずは持ってきていただいたものを見せてくださる?と指示しました。
宝飾屋さんは次々と細長かったり真四角だったりするケースの蓋をあけて、テーブルに並べていきます。金色のとか銀色のとか、色は違ったりしますけど。
――なんてこと。全部同じに見えます。色のほかに何が違うのでしょう……。
義母と義姉はいつもここからここまで全部いただくわって言ってました。もしかしたらあの方たちも同じに見えてたのでは……?今日のお仕事はなかなかに手強いのでは……?
「こ」
「はい」
「ここから「奥様、まずはちょっとあててみましょうか。お肌の色と合わせましょうね」」
やっぱりタバサはさすがでした。
首にあてたり、胸元にあてたり、髪にあてたりするタバサの言う通りにじっとしておきます。これは昨日のドレスを選ぶときに布をあててみたりしたのと同じです。多分そう。あれ。でも。
「ねえ、タバサ。髪につけたら落としちゃうと思うのです」
「髪飾りにしても、しっかりつけますから大丈夫ですよ」
自分の髪をちょっとつまんでみます。最近とてもつるつるなのです。真っすぐですとんってしてます。髪飾りもすとんって落ちないのでしょうか。
そういうとタバサは、髪は勿論結い上げたりもしますよって首を傾げました。
「……そしたらずっと髪は結ってますか?旦那様は私の髪くるくるするの好きです」
「……奥様?この石は普段使いのおつもりでした?」
普段使い。あら?普段は使わないのでしょうか……。
「落とさないようにいつも首から下げるんだと思ってました……」
だって旦那様色だからって言ったら、あらあらまあまあってタバサは笑って、ならば組み合わせで工夫できるように考えましょうかってしてくれました。宝飾屋さんもにこにこになったので、多分今日のお仕事はちゃんとできたと思います。







