33 え、そこはちょっとせまいからむりだとおもいます
お庭に旦那様ときています。もう明日には王都へ発つので、タバサは荷造りの手配をしています。
旦那様は今日のお仕事と鍛錬をすませたので、なんと私に魔法を教えてくださるのです!人間の魔法です。この間約束した魔法です。
芝生の上に向かい合って座ります。旦那様はそのまま座りましたが、私は小さな敷物の上です。踵まであるデイドレスはぽわんと広がって敷物がもう見えません。このドレスは柔らかくてつるつるしていて気持ちいいのです。タバサが選んでくれるドレスは、みんなふわふわしてたりすべすべしてたりして触ると気持ちいい。
「手を出して」
旦那様のいうとおりに、両手を出すとそれぞれ旦那様の大きな手に包まれます。てのひら同士を重ねてるので、手首まで旦那様の手に隠れちゃうのです。
「魔法はまだ発動しないように。魔力を動かすのはできる――よし、待て待てわかった、もうちょっとゆっくりな?」
ゆっくり。もうちょっとゆっくりですね。旦那様の手はあたたかくて、触れているところから魔力ものびてきて同じようにあたためてくれます。肘まであたたかい。
「うん、そうか、君は動かし方も違うな――もしかして魔王の時の身体の大きさと同じ感覚でやってるのか」
「気にしたことないのでわかりません!」
「よし、気にすることから始めるか」
結構長い時間練習をしてたと思います。
旦那様が魔力で私を包んで、ここまでの大きさだぞって教えてくれました。旦那様もこうして覚えましたかってきいたら、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ眉を下げて、そうだなっておっしゃいました。ただ子どもの頃すぎて覚えてはいないそうです。魔王も考えることなく使えましたから、旦那様も同じなんだと思います。お強いですので。――あ。
「お、おう?どうした?」
旦那様の胡坐をかいている膝の上に背中を向けて座ります。ここはいい場所なのです。すっぽりおさまります。
「疲れたか?そろそろ休憩に――っと」
「おじうえ!おじうえ!」
背中にくっついている旦那様の身体が揺らぐことはありませんが、とんっと軽い振動は伝わりました。
サミュエル様が旦那様の背中に飛びついたんだと思います。よちよち走ってくるのが見えたので。
「ああ、サミュエルか。今日の昼寝はすんだのか」
「はい!」
頭の上のほうでサミュエル様と旦那様がお話してます。旦那様は腕を私の前に回して抱えてくれました。
「サミュエル、後ろから飛びついてはいけない。ステラ義姉上にそう習ってなかったか?」
「あ!ならいました!ごめんなさい!」
「よし、ではちゃんと前にきて、俺とアビゲイルにご挨拶をしなさい」
サミュエル様はご機嫌なお返事で、私たちの前によちよちしてきました。
「おじうえ!あびーちゃん!こんにちあ!ごきえんいかあですか!」
「はいっサミュエル様こんにちは!げ、げんきですっ」
多分ごきげんいかがですかっていいました。多分。あ、近い。サミュエル様近い。踏んじゃう。スカートごと足をかかえて丸くなっておきます。つむじがちょっと重くなったので、旦那様が顎をのせたのがわかりました。サミュエル様は上半身ごとちょっと斜めに倒れて、え、なんでそんな曲がるの、目をくりくりさせています。
「あびーちゃん、だっこですか」
「はい!いい場所ですから!」
「ぼくもだっこしたいです」
はい!ってサミュエル様は私がさっきまで使っていた敷物の上に、ぺたんと座って両手を広げました。
「?」
「はい!あびーちゃんどうぞ!」
にっこにこです。え。え?
「サミュエル、アビーは俺のお嫁さんだから駄目だ」
「えー!」
ぷくぅって、ステラ様の声が後ろからしました。サミュエル様と同じように前にまわってくると、日差しを受けた胡桃色の髪が金色に透けて見えます。サミュエル様と同じです。
「魔法の訓練を随分長いことされてるって聞いて、休憩がてらお茶でもいかがかしらって。あと、明日の朝、王都へ出立されるのでしょう?アビゲイル様を困らせてしまうとは思ったのですが、サミュエルがどうしてもアビーちゃんに会いたいとききませんの」
普段こんなに聞き分けがないことないんですが、とステラ様は困ったような楽しそうな、でも、ああ、そうです、タバサと同じお顔をされてそうおっしゃいました。髪色も瞳の色も顔立ちだって全然違うのですけど、タバサとそっくりな表情です。
ほんのちょっとだけ、サミュエルにお時間をいただいてもいい?ってステラ様の言葉にうなずきました。
よかったわねって言われて、きゃあってちっちゃい身体をくねらせるサミュエル様を見るステラ様はやっぱりタバサと同じです。
「あびーちゃん!おてをどーぞ!」
ぱっと開いたちっちゃな手が目の前に差し出されたので、人差し指だけのっけました。
◆◆◆
最初はおっかなびっくりな素振りをしていたアビゲイルも、大分慣れたのかサミュエルと手を繋いで辺りを散策している――いやまだちょっと腰が引けてるか。それでも表情はほぐれてきている。
ステラ義姉上とティーテーブルを囲み、二人を眺めながらロドニーが淹れた紅茶に口をつけた。
「順調ですの?魔法は全く学ばれてなかったとお聞きしましたけれど」
「ああ、そうですね。ただアビゲイルは一度コツさえつかめば早いので、王都に着くころには初級くらいはこなしてると思います」
「まあ!魔法学校入学レベルではありませんか。私たちは幼い頃から学んではいますけれど……随分優秀なのでは?」
気遣わし気に問うステラ義姉上に頷くことでこたえた。魔法学校の入学年齢は大体十三から十八歳程度、習熟度によって差があるが、アビゲイルならすぐに合格ラインまで達するだろう。俺たちのように幼い頃から学んでいたら、どこまでのものになっていたことかと思う。
魔力を体内に廻らせるのは、大抵の魔力をもつ子どもは自然と覚える。自分と他者の境目を、大人に抱かれながら魔力で感じ取って覚えるからだ。アビゲイルのようにそれができなかった子どもは、そもそも自分の魔力すら気づかず魔法を使えない。まあ、平民であればあってもなくてもさほど困りはしない。魔力があったところで魔法を使えるほどのものとは限らないのだから。平民であれば、だ。魔力量を測る洗礼式に出るのが義務である貴族であれば話が違う。
「――ではアビゲイル様を魔法学校へ「やりません」」
アビゲイルと同じ年頃の男なんざケダモノだろうが!近寄らせるか!







