32 だんなさまいろのいしをえらびました
「これ、旦那様の色です」
「……そう?」
侯爵夫人にお呼ばれしたら、宝飾屋さんがいました。
お飾りを選ぶ目を養うのも妻のお仕事よっておっしゃるのでお勉強なのです。タバサは侯爵夫人の侍女と一緒に壁際にいます。大丈夫です。お屋敷でタバサとお飾りをみたことだってあるのです。頷いてみせたら、頷いてくれました。ほらね。このお仕事は大丈夫なのです。
ローテーブルにずらりとケースが並べられ、そのケースの中にもいっぱい宝石が並んでます。まだお飾りにはなっていません。宝石を選んでからお飾りをつくるのです。
そしてサファイヤばっかりが入ったケースにその石はありました。
宝飾屋さんはへらりと笑います。
「これは侯爵家の格には少し相応しくないのですが、比較としてお持ちしたのですよ。勿論グレードとしてけして低いものではありませんし、大きさは立派なものです。ですがほら、比べるとこちらのサファイヤと輝きが違いますでしょう」
そういって手袋をはめた指でつまんだ石と並べて置いて見せてくれます。確かに違います。私の選んだ方が旦那様の色です。
「……ふむ、まあ、グレードはいいとしても、これジェラルドの色かしら。あの子の瞳の色は揺らぐからどれといったかんじでもないといえばないのだけど」
「ああ、そうでございますね。私もお会いしたのは随分昔になりますが、実に見事な魔力量を示すお色でございました。そうなるとやはりそんじょそこらのサファイヤでは」
「……?でもこれが旦那様の色です。旦那様の色でお飾りつくるのでしょう?」
「そうね――気に入ったのね?ではまずこれを」
私が頷くと、侯爵夫人はその石を私の前にすっと置いてくださいました。
「これ、もう私のですか。触ってもいいですか」
「あとでこれを使って何をつくるか決めるのですよ」
「はい!なので戻してあげます」
なんでサファイヤばっかりのケースに、これ入ってるのかなと思ったのです。ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ。これは魔法じゃありません。ちょっと魔力を注ぐだけだから怒られません。
「……え」
「――あら、まあ、これは……サファイヤ魔石なのね?」
「中の魔力が枯れてたから色うすかったです!ほら!旦那様の色に戻った!」
「ほんとねぇ」
にんまりと侯爵夫人が笑いました。
青が月夜の空みたいに濃く深く、でも光の加減で波打つ森の泉のように明るい青もゆらゆらと揺れるのです。
旦那様の色です。これ。
「――それでその石は、普通のサファイヤの値段で買ったのですか」
「いやね。そんなあこぎな真似はしないわよ。ただ、そうねぇ、このクラスのサファイヤ魔石はそのくらいじゃ普通買えないでしょうって程度よ。あそこは先代が引退してからちょっと商売が雑になってましたからね。いい勉強になったでしょう」
侯爵夫人はころころとご機嫌な笑い声をあげました。
鍛錬とお仕事を終えた旦那様がお部屋にきて、隣に座ってくださいました。買った石を旦那様のお顔の横にかざして並べるとやっぱり同じ色です。これは王都のお店でお飾りに細工してもらうのです。お飾りのことはよくわかりませんが、この石を首から下げたりするのは無くさなくていいと思います。
旦那様がちらりと横目で私を見てくすりと笑いました。
「気に入ったのか?」
「はい!旦那様の色です!」
「――っおう、それはよかった」
石をケースに戻してテーブルに置きます。その隣にはフロランタンが、小さい長方形にカットされてお皿にいくつものってます。きらきらのつやつやです。このおやつはこの間厨房で見てたら一切れもらえたのと同じです。とても美味しかった。
「それにしてもタバサも人が悪いわね。アビゲイルの目利きを教えてくれないのですもの」
「驚かれましたでしょう?奥様は僅かな色目の違いも見分けてしまわれるのです。ただまあ、価格の相場はお気になさらないので、やっぱり大奥様のように慣れた方がご一緒されたほうが安心かと」
タバサはそう言って微笑みました。侯爵夫人は、ふむと頬に手をあてます。あ、ナッツ一粒落ちちゃった。これはよそ見して食べたらダメなおやつです。ちゃんと見て食べなくては。
「――ところで、宝魔石に魔力を充填だなんて、魔法師か腕利きの魔道具職人でなくてはできることではないわよねぇ。普通の魔石でもなく宝石でもない希少な宝魔石ですもの。手に取ることすら滅多な機会ではないわ」
ナッツにかかった甘い蜜がぱりっとしてて、噛み締めると香ばしくて甘いです。ちょっと歯にくっつきますけど、それも舐めてたらずっと美味しいのです。……お皿の上のフロランタンを数えるとあとみっつあります。席についてるのは侯爵夫人と私と旦那様です。あっ旦那様がひとつを半分に割って口にいれてくれました!美味しい!
「……全く。本当に甘やかし放題でどうなることかと思いましたけど。確かに掌中に隠したほうがいい宝玉ではあるわね」
「さすが母上、聡明でいらっしゃって誇らしいです」
旦那様のお皿に残ってる半分は旦那様のでしょうか。でも旦那様の分はまだ大きなお皿のほうに手つかずのがあります。今日はひとつと半分でおやつおしまいですか。
「いつのまにそんな口のきき方を覚えたのだか……式まで半年弱。届をだした一周年の体で行いますよ。それまでには私も王都で準備をする時間をとりますから」
「侯爵夫人も妻のお仕事教えてくださいますか」
「まあ、社交以外にも色々ありますしね……あなたには面白いことではないでしょうけど」
「色々……私お勉強得意ですからすぐ覚えられます。ちょっと習ったのと違ったけど閨「ほらアビゲイル。今日はこれでおやつはおしまいだ」」
残りのフロランタンが口に入りました。今日はふたつもおやつ食べられた!







