23 まおうじだいとあわせたらわたしはいっぱいいきたのですけどわからないこともいっぱいです
お祭りも最終日です。
旦那様が前に教えてくださったように、広場に薪が組み上げられています。
私たちは領主一族として、広場を見渡せるちょっと高くしつらえた舞台で、用意された椅子に座っています。さっき侯爵様のご挨拶も終わりました。これからあの焚火台に火をつけるんだそうです。
焚火台と奉納の作物をおいた台を中心として、人間がいっぱいいます。みなさんご機嫌です。お酒を召してる方も多いようで、大きな声で歌ったり、ふらふらした足で踊ったりしてます。賑やかでとても楽しそう。楽しそうなんですけど。
「旦那様旦那様、あれ大きいです。あれ焚火台なんですよね。大きいです。あれ燃やすんですか」
「どうしたアビゲイル、随分落ち着かないな」
旦那様が椅子ごと身体を寄せてきて、肩を抱いてくださいます。ここちょうどいい感じで好きです。すっぽり収まるのです。おなかいたいとき隠れる場所に一番いいに違いないので、今度はそうしようと思ってます。最近は全然痛くなることないですけど。
「あんなにたくさんの薪に火をつけたら大きくなります。周りのおうちやお店は燃えませんか」
火は好きです。あったかいし。見てたらうとうとしてくるし。
でも森を燃やしちゃったときは本当に全然消えてくれなかったのです。あれは多分魔王も驚いていました。そのときまだ魔王は小さくて、ずっと周りをうろうろしてはお水かけたり、かけたお水でじゅってなってばちんって木がはじけて、ぴょんって跳んだりしてました。魔王だって困ったのに、人間はだいじょうぶなのでしょうか。
ああ、と旦那様は笑います。
「大丈夫だ。毎年あの大きさだし、いざというときのために水魔法が得意な者も用意してるし。俺は水魔法も得意だから。だけど事故なんて起きたことないぞ」
「旦那様もお得意ですか」
「もちろん」
「よかった!旦那様はお強いから大丈夫です」
「ははっ光栄だ」
旦那様が魔力量多いのは知ってます。見たらわかるので。剣もお強いの知ってます。今日のお昼も侯爵家の私兵と訓練してて、でも私兵たちよりずっとお強かったです。
やっぱりちょっと私も習おうと思って、練習用の模擬剣がささってる箱から剣を抜こうとしたら抜けませんでした。いっぱい背伸びしても箱が高くて剣が全部出てこないのです。
通りがかった侯爵夫人に「……アビゲイル、何なさってるの」って聞かれて説明したのですが、「そう……タバサ、笑ってないで止めてあげなさい」っておすましして、でもちょっと肩震わせながら行ってしまいました。
いえ、そんなことはいいのです。魔法です。旦那様の魔法の訓練はまだ見たことないのです。軍の専用の訓練場で普段訓練されてるので。魔法は魔力量があれば強くなりますけど、上手だったり得意だったりはそれだけじゃだめなのです。元魔王だから知ってます。魔王は強かったけどあんまり上手ではなかったです。上手じゃなくてもなんとかなってたので。
でもきっと旦那様はお仕事でも訓練してるし強いし上手なんだと思います。旦那様はすごいのです。
焚火台の前に、ちっちゃい子たちが立って大きな声で歌いはじめました。古い言葉を使った歌です。魔王の時に村の者も歌ってました。村の者よりちょっとつっかえてるのは、ちっちゃいからだけじゃなくって古い言葉だからだと思います。短い歌が終わると同時に、白いローブを着た男の人たちが焚火台に火をいれました。
油か何かかかってたのでしょうか。勢いよく上がる大きな火がぱちぱち火の粉を散らします。
わぁっと歓声があがって、次々に周りの人たちが奉納の作物の麦とかお花とかおいもとかを一握り火に放り込んで、……あら?
「旦那様」
「ん?」
「なんかあのひと」
くすんだ茶色いローブを着た人が、焚火に向かって人だかりをかきわけていくのが見えます。それはともかくそのひとが持っている枯れたお花が。
「あらら?あのひと、義姉に見えます」
「――っどこだ」
指をさして服装を教えましたけど、旦那様にはよく見えないみたいです。私、目もいいですからね。
「くっそ――君、ほんと目がいいなっどこだ」
旦那様がちょっと焦ってるようなのは、先日侯爵夫妻から義姉が数日前に来ていたことを聞いたからでしょうか。様子が変だったから、絶対旦那様かロドニーたちから離れるなと言われてたのです。義姉は弱いですのに。
でも確かに義姉は弱いのですが。
「旦那様旦那様、義姉より義姉が持ってるもの、あぶないです」
「危ない?」
「魔物寄せの花です。燃やすと魔物を狂わせて呼べるのです。なんで義姉はあんなの持ってるのでしょう」
「ロドニー!」
ロドニーが素早く壇上に駆け上がってきました。
ロングハーストの、あの森に流れる川の傍にだけ咲く花です。水辺にあるから普通は燃えることなんてありません。でも一度燃えたら、風が届く範囲の魔物が狂ってとにかく火を消そうとやってくるのです。
今夜のこの広場あたりは風があまりありません。でももっと高いところ、上空では、ああ、やっぱりそれなりに強い風が吹いています。きっと領都の近くにあった森にいる魔物なら嗅ぎつけるでしょう。
そう旦那様とロドニーに伝えると、横で聞いていた侯爵夫妻たちも青ざめました。
にんげんがなぜあれを。
侯爵様は護衛から数人を義姉へと向かわせる指示を出し、スチュアート様は私兵を呼び出しています。
そうしながらも同時にどこからか持ってきた剣や革鎧を身に着け始めました。
「――いた!アビゲイル、君は」
義姉を見つけたらしき旦那様が、簡易な装備を整えて私の方へと振り向きます。でも旦那様と私の間にすっと侯爵夫人が立ちました。
「タバサ、ステラとアビゲイルを連れて城に向かいなさい。私の護衛もつけます」
「母上」
「何をしていますか。ジェラルド、あなたも早く向かいなさい!私はここを動きませんから護衛は必要ありません。アビゲイルたちはそちらに任せなさい」
「お義母様っ私も」
「あなたにはまだ領主夫人を引き継いではいません」
これは領主夫人としての義務です、と侯爵夫人はステラ様におっしゃいます。
そして他の侍従や侍女たちに、民が混乱せぬように余計なことは告げず、でも速やかに広場から避難させるよう指示を出し始めました。
侯爵夫人は弱いのに。魔力量だって普通なのに。
にんげんはときどきこういうことをします。魔王の時にたまにみました。
つよいものがよわいものを守るのは魔物もします。にんげんもします。
けれどにんげんは、よわいものも、よわいものを守ろうとしたりするのです。
魔王の時も、いまも、ちょっとよくわからないです。







