22 あまいおはなでおくちもあまいです
うんと濃い飴色が小鍋から流れ落ちて、つぅっと細い柱をつくります。
それが途切れないまま、鉄板に曲線を直線を自在に描いていくのです。
お店の人の手の一部みたいに小鍋は高く低く、ぐうっと旋回したりして、飴の柱は脈打つみたいにその太さを変えていき、つやつやに光をのせて、でもやっぱり途切れない。
「どうだい、お嬢ちゃん」
お店の人は鉄板に描かれた飴細工に串をくっつけて、しゃっとへらで剥がして見せてくれました。
――ふわぁあああああ!
「ちょうちょ!すごい!旦那様ちょうちょ!ご立派なちょうちょです!」
「っと、奥さんだったかい?すまんね。あんまり真剣に見てるからつい」
「――っ、いや、構わない。店主、いい腕だな」
この模様は知ってます!森にこういう蝶々いました!粉粉してて美味しくないけど、村の者がたまに捕りに来てたのです!揚羽蝶!すごい!
「てんしゅ!てんしゅ!水晶刃蝶は!?水晶刃蝶つくれますか!」
「えぇ?あのまぼろしとかいわれてる超高級素材のあれか?俺ァ見た事ねぇからなぁ……」
水晶刃蝶は森でも滅多に見かけなかったです。村の者じゃない人間が森の奥深くまで捕りにきてたけど、みんな他の魔物に食べられちゃいました。一匹だけ水晶刃蝶を見つけた人間いましたけど、返り討ちされてやっぱり食べられちゃってました。そのあと水晶刃蝶は魔王に気がついて襲ってきたのですけど、それは魔王が食べました。割と美味しいのです。久しぶりです。あ、アビゲイルになってからは初めてです。
「触角は葉っぱみたいでっ翅が六枚でっ模様はちっちゃいぐるぐる目玉がおっきな虎の目を囲んでてっ脚は八本でっ」
「え、蝶なのかいそれ」
「蝶です。足も速いです」
「蝶が?」
「粉粉はちょっとぴりっとしてくらくらとするんですけど甘くて「アビゲイル、花を頼むんじゃなかったか」そうでした!お花の飴!」
おまつりにきています。
今日から始まった収穫祭に、旦那様が連れてきてくださったのです。
ちょっと離れた後ろにロドニーもいます。
ロングハーストでは敷地内から出ることすらほとんどなく、旦那様と結婚して王都に住み始めてからも、街の中を歩くことはありませんでした。まだ力がでなくてよわよわだったし、あんまりよくわからなかったので。
だからおまつりも街を歩いて回るのも初めてです。なんて人間の多さでしょう!いっぱいいる!
でも大丈夫。旦那様は手を繋いでくれてますから、すいすいすいって歩けます。
広場には大道芸の人だかりがあちらこちらにできていて、旦那様は時折抱き上げて見えるようにしてくださいます。ボールをいくつも操る人や、派手なお化粧姿で踊る人もいました。とても器用な人ばかりで見ている者たちもみんな楽しそうです。
屋台で売っていたパンにソーセージをはさんだのも、肉串も食べました。肉串は歩きながらは危ないからって座りましたけど、パンは歩きながら食べたのです。旦那様が持ってくれているのを一口。ツナとレタスをくるんだクレープも美味しかった。旦那様はちゃんと一口で具まで届くようにしてから食べさせてくれるのです。果実水は歩きながら飲めませんでした。
お花の飴を売ってるお店もいくつかありましたけど、このお店は目の前で作ってくれます。飾ってある見本も他のよりずっとご立派でしたから、旦那様と一緒に見せてもらってたのです。
「そ、そうかい、何の花がいいとかあるかい?」
「……なんのはな……いちご?」
「かわいらしいところきたね」
間違えました。苺は果物です。お花……甘いお花って何があったでしょう。アカツメクサ?
旦那様を見上げたら、頬をかきながらちょっとだけ考えて。
「店主、ブルースターを頼む。そうだな、小さなブーケのようにしてくれ」
ブルースター!知ってます!ノエル家の紋章にもはいってます。習いました!でもあれ苦い。
「……飴でつくるんだから何をつくっても甘いぞ」
「そうでした!」
後ろからロドニーのぶほって声が聞こえたので振り返ったら、にっこり手を振ってくれました。振り返してまた店主の手元を見ることにします。あ、今度は小鍋つかわないんですね。
店主の太くて短い指先でいくつもの小さな飴玉がつくられたかと思ったら、それが次々と開いていきます。なんで今開いたの。そして串の先やちいさなハサミみたいなのでちょいちょいつついたり切ったりすると、あっという間にお花になったのです。さっき飴玉だったのに。
「はいよ、奥様どうぞ」
小さなお花がいくつもくっついた塊に短くて細い串が刺さってて、それが何本も束ねられてます。店主から受け取ると、ふるるって揺れました。
「ありがとうございます!――甘い!甘いお花ですっ旦那様甘いお花です」
「長くやってるけど、ここまで口に入れるのが早い娘さんはなかなかいないね……ちょっとおじさんびっくりしたわ。旦那さんかわいい嫁さんだねぇ」
「そうだな。ありがとう」
一口食べても、まだお花はいっぱいついてます。店主にお金を払った旦那様にブーケごと差し出すと、そこから一口ぱくりと食べてくださいました。
「甘いな」
「甘いです!甘いお花!」
「たくさんあるから、タバサに頼んで飾ってもらえばいい。好きな時に一口食べられるだろう?」
「――はい!」
すごいです旦那様なんて賢い!!
「旦那様のお部屋にかざります」
「――?構わんが」
「はい、寝る前に一緒に一口、内緒で食べるのです」
「ははっタバサに怒られるぞ」
「内緒なのです」
歯を磨いた後はほんとは食べちゃダメなんですけど、お口の中が甘いまま寝るのはとっても楽しいのですから。







