20 おしろのえびはかざりじゃなかったしわたしのしってたえびはにせものでした
「とにかく、母上は何か勘違いをされているようだ。お気持ちは理解しましたが、アビゲイルを俺が参加できないような社交に出すつもりはありません。よってこの地の風習の実地教育など結構です。大体説明も意向も確認せずに他家の妻に指導をするだなんて、いささか母上らしくない横暴ではないですか」
旦那様の声がとても硬い気がします。ここまで低くて硬いお声は聞いたこと……あら?聞いたことあります。初夜の時は確かにこんな声でした。多分そうだったはず。もうずっと旦那様は柔らかいお声で話してくださってるので忘れてました。ご機嫌斜めでしょうか。
侯爵夫人が、ぴくりと片眉をあげました。
「――先日の王家への挨拶のすっぽかしといい、あなた随分過保護ではなくて?アビゲイルはとても可愛らしいですからわからないでもありませんが、あなたも軍の人間。何かあれば侯爵家の庇護に入ることを念頭にいれるのもアビゲイルのためでしょう。甘やかしも閉じ込めるのも過ぎれば愛情ではなく毒ですよ。貴族の夫人として」
「――父上、母上にもう少し説明をしておいてください。過度な興味を持ちそうな第四王子や粗探しばかりの社交を避けるのは必要だからです。アビゲイルは俺の唯一の妻であることは当然ですが、ノエル家の掌中の珠です。王家だろうとどこだろうと奪わせるような隙はみせられません」
侯爵様がぎゅうっと眉間に皺をたてたのですけど、やっぱり旦那様にそっくりです。私の眉間にも力が入ってきちゃうので、あんまり見てるのよくないかもしれません。せっかく笑顔もおすましもタバサに褒められるようになったのに。
「……そこまでか?確かに数少ない天恵もちの中でも稀有なのであろうとは思うが、カトリーナの言うことはけして間違ってはいないだろう。私たち男には手が出せない部分が夫人の社交にあるのは確かだ。育った境遇を差し引きして考えてもアビゲイルは幼すぎる。自衛を学ぶのも大切ではないのか」
「私お勉強得意です」
「そういうところですよアビゲイル」
あ、これ知ってます!かぼちゃのスープ!甘いのです。お屋敷でも出ま……匂いが違いました。お魚?お魚の匂い?カニのビスクです、と給仕の方が小さな声で教えてくれました。やっぱりお城の人優しい。おすましのにっこりもお上手です。
「旦那様、カニです」
「お、おう。美味いか」
「はい!あんなちっちゃいのをどれだけ集めたらこんなに「んんっ!うん。よかったな」」
森の川にいたカニとは違いますか。旦那様を見上げたら頷いたので違うんですね。それにしょっぱいのに色んな味もします。美味しい。美味しいものはみんなとろんとして滑らかです。
――でもさっきのクネル?やホタテはちっちゃかったですけど、このスープは旦那様のと同じ大きさのお皿です。これ全部食べたらお腹いっぱいになっちゃわないでしょうか。
いえ、もう私もいっぱい食べられるようになりましたが、今よく考えてみるとお屋敷で出してもらえるお皿は旦那様のよりも小さかった気がするのです。いつも同じ色のお皿だから同じだと思ってました。
エビ……食べられるでしょうか。それとも本当にあれは飾りでしょうか。
「だからですね、母上も父上も、そこが勘違いだというのです」
旦那様の合図で、エビが一匹旦那様の前に!飾りじゃない!飾りじゃないんですね!?
あっあっ旦那様がナイフとフォークで綺麗に頭をおとして殻を外してます!え!食べないんですか!丸かじりじゃない!?なんて見事なナイフさばき!――旦那様、剣もお強かったから……っ。
「アビゲイルを侮ってもらっては困る」
美味しい――!
旦那様の差し出してくださった、エビ一口分が刺さったフォークをくわえた瞬間に香るのはなんでしょう。泥の匂いなんて全然しないです。しょっぱくて甘くてぷりぷりしてて!森の川にいたエビはエビじゃなかった!きっとこっちが真のエビです!なんてこと!
「自衛も何もこの子は俺などよりずっと心根が強いのですから」
飲み込んだらまた旦那様がひとかけらをさっと口にいれてくれます。美味しい!
「甘やかしとかではなくですね「――ジェラルド、お前それいつもやってるのか」……は?」
旦那様は手を止めたと思ったら、「ああああ!」って叫びました。
え、間に合わなかったです。まだそれ口に入ってないです。お城のエビが遠くに!
「……あなたそれで甘やかしとかではないってどうなの」
「――っ」
旦那様のお顔がみるみるうちに真っ赤になっていきます。
スチュアート様もステラ様も俯いて震えだしました。
侯爵様と夫人は目をまん丸くしてます。
エビは。お城のエビはもう終わりですか……。
「……これは」
「これは?」
あ、旦那様がまだ赤いですがきりっとしたお顔に戻りました。
「これは俺の趣味です」
遠ざかってたエビかえってきました!美味しい!
「いやいやいや何言ってるんだ。本当にジェラルドかお前」
「間違いなくあなたの息子です。癖になっただけなのでお構いなく」
「え、ちょっとタバサ、私の息子こういう感じだったかしら……」







