13 ぴよちゃんがなんのとりだったかはしらないのですけど
旦那様のおとうさまとおかあさまがちょっとひきとめてましたけど、旦那様はまた後でと言いながら知らんぷりしました。旦那様のほうがつよいですからね。
「すまなかったな」
「どうしましたか旦那様」
旦那様とダンスをしています。ダンスは得意です。これはタバサが最初から褒めてくれましたし。
ずっとおなかがすいてて力が出なかったけど、お屋敷にきてからはすっかり絶好調ですので魔王時代をこえるのも夢ではなさそうなのです。魔法はまだ使っちゃダメって言われてるけど、もう使えると思いますし。ただにんげんの身体はつよい魔物食べても手とか足が生えたりしないので、そこはちょっと魔王には及ばないかもしれません。
でもそのかわり!この身体はとても軽くて思う通りに動けるのです。魔王の時は自分の足につまづいたりしたのです。たくさんあったので。
周りで踊っている方たちはドレスがひらひらふわーっとして踊ってますけど、私はぴしゅって動けます。くるってしてぴしゅって。
「――っ、うん、ちょっとキレが良すぎるな。まだもう少しだけゆっくりだ。食べたばかりだろう」
「はい!」
ゆったりと、なめらかに、ポタージュスープで泳ぐように。よしと頷いた旦那様は、柔らかく微笑んでくれます。でもそれから少し気まずそうなお顔に戻りました。
「両親が来るとは聞いていなかった。本来はそれこそ結婚前に顔合わせはするべきだったから、いずれはと思ってはいたんだが――急で驚いただろう」
「はい!侯爵様は旦那様にそっくりでした!」
「お、おう……?あの人たちは良くも悪くも貴族らしい人間だ。ある程度の庇護は欲しいから、君の天恵のことを伝えてはいるがはっきりとは教えてない。――俺は君を利用だけさせるつもりもないし、手放すつもりもない。美味しいごはんあげると言われてもついていくなよ」
侯爵領のごはんはお屋敷のごはんより美味しいのでしょうか。それってお城のごはんより美味しいってことですか。ちょっと想像できません。
「……旦那様とタバサが一緒ならついてきます」
「あ、うん、まあ、今はとりあえずそれでいいか……次の曲はテンポが速い。腹も大丈夫そうだし、今日の一番のお仕事だ。見せつけるぞ」
「はい!」
曲が終わってお辞儀して、旦那様がホールドしなおして。
「いつも通りで行こう。アビゲイル」
「はい!」
だんっと一歩大きく力強く踏み出します。
旦那様はこれまで滅多に社交にでなかったのでダンスもあまりお披露目したことないって言ってました。今日のために復習しますよってイーサンにも特訓されてて、でもとってもお上手なのです。
たたんっと跳ねて、ぐるりっとターンして、踊るにんげんたちの間をするするするっと抜けていきます。
森の中を走り抜けるみたいに。
梢をぴょんぴょん渡っていくように。
高く持ち上げられるたびに、ふわっと風が頬を撫でて。
ひとつに結わえた旦那様の黒髪が、一呼吸遅れてたなびくのが楽しそうで。
軽々と真上に跳びあがらされて。
見渡せる広間を埋め尽くすドレスはお花のようで。
魔王の時には森を見おろして飛べました。
それよりずっと低くて狭いけれど、ずっとずっと楽しくて気持ちがいい。
くるくるっと回って落ちると旦那様が受け止めてくれます。
そして嬉しそうに楽しそうに笑ってくださるのです。
そのゆらゆら揺れる青い目は、森に広がる空より深くて澄んだ青。
「――いい子だ。俺の小鳥」
曲が終わってお辞儀して、私の腰を引き寄せてエスコートしながら、旦那様はつむじに口づけをくれました。
旦那様は小鳥がお好きみたいで、時々私を小鳥と呼ぶのです。私、鳥の鳴き真似も上手です!
「――――っつ!?」
ぎゅっと旦那様が私を片手で抱きしめて、辺りをぐるっと見回しました。
広間中のあちこちから悲鳴があがってどよめきます。野太い警戒の声をあげるのはお城の衛兵さんたちでしょうか。旦那様が私を抱え込んだまま耳元でささやきます。
「……もしかして今君が鳴いたか?」
「金剛鳥の真似です!」
「上手すぎるな!?」
森にいた金剛鳥はこの広間ほども大きくて、鳴き声を森中に響かせて朝だと教えるのです。教えられなくてもわかるのに。
「うん、その技は屋敷の外ではやらないように。今もなかったことにするぞ。おすましだ。おすまししなさい」
旦那様は左腕に私をのせてすたすたと会場を出てしまいます。でも帰りの馬車ではずっと蹲ったまま笑ってました。
侯爵様たちに後でって言ってたはずですが、おすましも私上手にできましたしいいんだと思います。
◆◆◆
「ただいまロドニー……シュークリームわすれちゃいました。ごめんなさい」
「はい大丈夫ですよ。明日のおやつはシュークリームにしましょうか」
「はい!」
いかに城の御馳走がきらきらだったかとか、でもお花は苦かったとか、タバサに報告しながら部屋へ戻るアビゲイル。
それを見届けて、ロドニーが「なんでシュークリーム?」と聞いてくるから、やっと収まった笑いがまたこみ上げてきた。顔見て思い出したんだろう。一瞬目を丸くしてたしな……。
「大旦那様とお会いになりましたか」
上着を受け取りつつ問うイーサンの言葉で笑いの発作もおさまった。
「お会いになった割にはご機嫌がよさそうで」
「……お前も知ってたのか」
「いえ、お出かけになられた後に、領から返信がありました」
「全く……狙ってたんだろうな。まあいずれは避けられないことだし、ついでに仲睦まじい姿も充分みせつけてきた。まとめてすんでよかったと思うことにしよう」
「ほんと主は大旦那様苦手ですねぇ。同族嫌悪だと思うんですけどー」
「うるさいな。別に苦手でも嫌いでもない」
ただそう、お互い憎からず思ってるであろうに、かみ合わずに仮面夫婦しているあの在り方が見てて鬱陶しいだけだ。これをいうとロドニーに、主も一歩間違えれば危なかったですよねーなどとからかわれるに決まってるから黙っておく。
「首尾よくすすまれましたか」
「ロングハーストのあばずれはしっかり墓穴を掘ってくれたぞ」
「おや、来てたんですか。それはまた手っ取り早い」
「ああ、伯爵が支援目当てにいい縁談を探そうとしても、そうそう見つからんだろうな」
ロングハーストの豊かさにはアビゲイルがかなり貢献していた。調べた限り伯爵は凡庸そのものの男だ。先日の魔物の異常繁殖被害から持ち直せるかどうか。
これまでアビゲイルは領地に押し込められていたから、あいつらの戯言をわざわざ否定するものもいなかった。だが今や侯爵家や俺の後ろ盾もあるアビゲイルと、行く先危うい伯爵家ではどちらにつくべきかわからない貴族はいない。むしろこれを機に食い物にしようと群がる者すらでるだろう。
「でも首尾よく進んだ割には予定より早いお帰りじゃないですか。何かありました?」
また笑いの発作がおきてしばらく動けなくなった。
次は地鳴り鳥の真似でいいですかじゃないんだよなぁ!
 







