【閑話】にたりとかやいたりとか
書籍発売記念SSです!
厨房には毎日通います。
ノエル家に来てすぐの頃は、私はおなかを痛くしたりしてお仕事もできませんでした。
お掃除が得意ですって言ってもそれは女主人の仕事じゃないって言われますし。
でもタバサが、女主人は毎日の食事を料理人と相談したりもするのですよって教えてくれたのです。奥様ってすごいと思いました。
だからそれからはずっと毎日通っています。私用の椅子だって厨房の端っこに用意してもらえました。
料理長もその部下の料理人やキッチンメイドも、ナイフでするするとおいもやにんじんの皮をむいていきます。だから私もきっとできると思ったこともありました。
だけど、私がナイフを持つと料理長は両手を前に出したまま動かなくなってしまいますし、旦那様はひぃって短く息を吸ったまま止まってしまうのです。
何回か練習してみましたけど、そのたびにちょっと泣きそうな顔でお願いされるのでやめました。本当はもう少し練習したらできるようになるはずでしたが、仕方がないことです。旦那様が泣いちゃうのは駄目なので。
それにお料理は切ったりむいたりだけじゃありません!
「できました!次はどの豆ですか!」
「ありがとうございます。さすが奥様。見事な筋とりです」
ボウル一杯分のさやえんどうを調理台におくと、料理長が褒めてくれました。
「これは何になりますか!」
「ポタージュスープにし「ぉぉぉ……!」――くっ、さ、ささ、ちょうどおやつの時間になりましたよ」
料理長のつくるポタージュスープはとろとろで滑らかな舌触りがとても美味しいので――あ!
「ちっちゃいたまご!ちっちゃいたまごの燻製!」
つやつやしている茶色のちっちゃいたまごの小皿を、キッチンメイドがカートに載せています。
ガラスのピッチャーは表面に水滴がいっぱいついていました。これは最近新しく仕入れた緑色のお茶です。ちょっぴり苦みがあるのにまろやかで不思議な美味しさ。紅茶と同じ葉っぱだと教えてもらったときはびっくりしました。さすが人間。
おやつは温室から続くテラスですることにしました。ちっちゃいたまごはぷりぷりで口の中でもにゅっと割れます。ふわりと燻製のいい匂いでしっとりした黄身が舌にくっついてずっと美味しい。
燻製は料理長のお得意です。この前燻製してくれたドライフルーツのイチジクだってとっても美味しかった。あの燻製する箱もきっとすごいからです。なんでも美味しくなるし、私が箱に入れても美味しくなる。……今度お城のすごい牛のミルクをいれてみましょう。
お帰りになった旦那様と一緒に夜ごはんです。ポタージュスープ、やっぱり美味しい。
「……ミルクはどう、だろうな?」
筋とりは私がお手伝いしたので、私が半分くらいはつくったのと同じだと思います。
だから私も美味しい何かがつくれるんじゃないかと思うのですとお話ししましたら、旦那様は首を傾げて壁際に立つ料理長を窺いました。私も見つめます。料理長は目をつぶって上を向いてしまっていました。
「――そうっす、いや、そうです、ね。なんとか、いや、なんとでもしてみせましょう」
やりました!
「明日できますか!煮たりとか!焼いたりとかも!私できると思います!明日ですか!」
「アビー、アービー。ほら」
旦那様が、時々ぽこりと気泡をあげるチーズの小鍋にブロッコリーをくぐらせました。
もったりとした白いチーズがまとわりついたそれを、ふうふうと少し冷ましてから食べさせてくれます。美味しい。歯ごたえだってちょうどいい感じ!次は何がいいでしょう。やっぱりソーセージが。
「次はにんじんだ」
にんじんも好きです。甘いし、料理長がお花にしてくれましたし。
それから一口サイズのおいもを食べて、次がソーセージでした。
お城のすごいチーズですからいつもよりも美味しかったと思います。
くつくつと煮立っているのは真っ赤なベリージャムです。
裏庭の野苺や今朝商人から仕入れたブラックベリーとラズベリーを鍋に入れて火にかけました。料理長が。鍋に入れたのは私です。あと砂糖も入れました。
それからかまどの前に椅子を持ってきて鍋を見張っています。ちょっと汗が出てきましたけど、料理長に声をかけられたら鍋の中をかき回すのです。
「さあ奥様、次はこれです」
「はい!」
料理長が小麦粉の入ったボウルに小さく切ったバターを入れました。
「こうして、こう!こうして、こう!」
教えられた通りに、小麦粉にバターが馴染むようにこすり合わせます。ずっと握ってたらバターが溶けちゃうので、しゅっと!しゅっとです!
ほろほろの粒々になった小麦粉を料理長がまとめると、いつのまにか小麦粉はタオルみたいに広がりました。それをぱたんぱたんと何度も畳みます。何度も畳んでるのに小さくなっていない……料理長だから?
気がつくと手は綺麗になっていました。知らないうちに誰かが拭いてくれたのだと思います。
「後は焼くだけなので奥様は」
「私が入れます!それ入れます!」
「えっ」
四角く整えられた生地が等間隔で並ぶ薄い鉄のオーブン皿を両手でしっかり持ちました。これ、を、オーブンにいれる!まっすぐです!
「お、おくさまっ、熱いですからね!あっ、熱いので!」
「知ってっ!ます!」
火は熱い。当たり前のことです。後ろで、ひゅっとか聞こえますけど、ちゃんと私は火が危ないの知ってるから大丈夫です。
オーブン皿は少し重かったですけれど上手にまっすぐオーブンの中に収められたので、力が入っていた息を抜きました。後ろでもふぅってしてました。
あとは焼けるのを見ているだけです。
「そうして!できたのがこちらです!」
「お、おう。聞いてるだけで手に汗握ったな……」
今日は旦那様のお仕事がお昼で終わるので、おやつを一緒に食べる日です。
お帰りになった旦那様と庭でティーテーブルを囲みます。ちょっと雲があってそよそよ吹く風が気持ちいい。
タバサとロドニーが、焼きあがったスコーンとジャムをお茶と一緒にサーブしてくれます。
「私が!煮たりとか焼いたりとかしましたので!どうぞ!」
ぱこりと上下に割ったスコーンにクロテッドクリームとジャムをたっぷりのせて、旦那様の口元に持っていきました。
「美味しいですか!」
「ああ、すごく。俺の小鳥は料理まで上手だ」
大きい一口でスコーンを食べた旦那様は、にっこりと笑ってくださいます。やりました!
旦那様は同じようにクリームとジャムののったスコーンを私に食べさせてくれます。
美味しい!私も旦那様に美味しいをあげられるのです!
さて10月10日、本日書籍3巻が発売となります。
先日の完結の際のお祝いコメントありがとうございます。全部目を通してモチベ変換しております。
あとご祝儀評価も! すごい! こんなに完結ブーストかかるとは!
一応ね、3巻がちゃんと売れてくれたら4巻出るんですよ。
その際は書き下ろしってことになります。つまりはお買い上げいただけると僥倖ということ!
あとはコミックス発売とか折に触れて閑話はこちらにあげていきたいなと考えてますので、どうぞブクマはそのままで!
↓に特設ページへのリンクもございますので是非お買い上げくださいましね!ありがとうございます!







