25 やくそくはたしかにたくさんいろいろしていますけど
本日2話分同時更新です!
事故が起きた場所は見えませんし、いくらかしこい子たちでもにんげんの区別はあんまりつかないでしょう。
だけどたかいところにいるにんげんだけっていえばわかります。
ほら、もううごきだしてる。
「確保!」
「――とっ”灯せ”!」
「あっあたまおかしいんじゃない⁉」
イーサンの号令で護衛たちの槍が水平に構え直されて一歩分近寄り、ブリアナが金切り声で叫びます。
お供のうち一匹が両手を高くあげました。その右手のひらは天を向いていて、小さな小さな火の玉がそこに浮かび、左手は握りしめられています。
その様子に、イーサンが制止の合図を出して護衛たちはぴたりと止まりました。
火を灯し続けながらお供は頼りない笑い声をあげます。足もがくがく震えている。――どうしたのでしょう。
「正気ですか。それを燃やせばあなたたちも無事ではすまないのでは?」
「いつまでも居残るわけないだろう?あんたらだって逃げればいいさ!ここいらの人間なんて見捨ててね!」
くんっと鼻を利かせれば、確かにあの手の中にあるのは魔物寄せの花です。
あれが燃えれば王都の周りにいる魔物がやってくる
このあたりにいるのはよわい子たちばかりなのに
こんなにいっぱい人間がいたらみんなみんな負けちゃうのに
こんなことのために、私はあの子におしえたんじゃない
他のお供たちも同じように震えながら、次々と短剣や木の棒を腰から外して構えだしました。木の棒はあんまりいい棒じゃない。じりじりと身を寄せ合って、門の内側に入り込んできます。
「でもそうなりゃあんたらの主様が罰せられるだろうねぇ!こんな化け物とっとと渡せばすんだのに!」
「黙って聞いていれば!我が奥様へのその侮蔑取り消しなさい!」
「うるさい!渡せ!」
怒鳴ったタバサに怒鳴り返したのはお供の声です。
声だけなのはタバサが私に覆いかぶさったからですが、お供が一匹こちらに踏み出した気配はわかりました。
護衛たちの怒鳴り声に、ブリアナたちのわめき声。
激しく押し合いへし合いしているのが、タバサの体越しに伝わって――ぱっと赤いものが散りました。
「タバサ?」
タバサの柔らかくてあたたかい身体がぐらりと傾いて、私の足元に片膝をつきました。
服の肩口が手のひらほどの長さに裂けていて。
タバサを突き飛ばしたらしきお供はタバサよりずっと大きくて、その手には小さく見える短剣があって。
「奥様こちらへ!」
胡桃の護衛が、私の肩を掴んで後ろへ引っ張ります。抱き上げようとしてるのはわかります。でもタバサが。
「タバサ、タバサ」
ハギスが倒れ込んだタバサともみあっている集団の間に割り込みます。タバサタバサ。
護衛たちはみんなつよいのに、ブリアナたちの中心にいる魔物寄せを持ったにんげんがいるからでしょうか。
やっつけられないでいるようでした。
ここから治癒魔法が届くでしょうか。いえ、駄目です。
手が届かない。すぐそこなのに。
私はまだ人間の体をよくわかっていないのです。
近くで見て、ちゃんと触って、どんな傷なのかわからないと。
私はまだ人間をよくわかっていないのです。
「タバサ!タバサ!」
体を捻って護衛の腕から抜け出して、タバサ、やっと手が届く。
「不覚をとりました!かすり傷です!」
タバサの肩に触れる直前、その手をがっしりとタバサが掴みました。
「でもタバサ」
「いけません! 帰れないのと帰らないとでは違います!」
素早く立ち上がったタバサは、跪いた私を力強く引き上げます。
「お約束しましたでしょう。些細な傷です!」
約束。回復魔法を使うのはよくよく考えてからにしてくださいって、めったなことで使ってはいけませんって確かに約束はしました。
でもタバサ。
にんげんはよわいのに。
私よりずっとよわいのに。
「早く屋敷へ!」
護衛はタバサと一緒に私を挟んで下がろうとしたけれど。
「その化け物を返せ!」
イーサンや護衛たちがつくる壁の向こうから、にんげんが木の棒を振り上げたのが見えました。
腕も、足も、体も、入り乱れていてどれが誰なのか難しい。
だけど私は練習しましたから!
ぱしんっ
乾いた音が響き、振り上げられた木の棒は、腕ごと氷に閉じ込められました。
上手にできた!
「――え」
ブリアナがまん丸の目になります。驚いたせいか、魔物寄せをもっていたにんげんの火も消えました。そういえばロングハーストの者は私が魔法を使えるのを知らなかったはず。
「……”凍てつけ”」
「奥様……」
だってタバサに向かって棒を投げようとしたのです。
屋敷を守るって旦那様と約束したのです。
ブリアナたちが口々に叫ぶ声は、きぃんきぃんと耳の中で鳴る音でかき消されていきます。
ぐるぐると魔力が身体の中を駆けまわります。
私はどんな魔物よりもつよかったですけれど
ボスではなかったので森の魔物をまもったりはしませんでした
ほんとはちっちゃいあの子だってまもっちゃいけなかった
私はそういうものだったし、そういうルールだった
魔力を巡らせるのはここまでだぞって、旦那様が抱っこして教えてくれたからできるようになりました。
だからきっとまた上手にできます。
「あ、あ、あ」
「う、うわ、あああ!」
ああ、だけど、膨らんでいく魔力が漏れ出していきます。
ブリアナたちの足元から、ぱりぱりと氷が立ち昇ります。
護衛たちもイーサンも一歩後ろに下がりました。それでいいです。
にんげんは、一匹やっつけたら千匹やってくるけど。
前はおなかがすいていて、寒くて、力がでなかったけど。
今の私はおなかもすいてないですし。
私はもう人間だから、人間のルールでいい。
もう腰まで氷漬けになっています。
「おまえたちはいらないです」
きぃんきぃんと鳴る耳の中の音にあわせて、大きく息を吸って、人間と同じように――







