22 あのこはべつになかよしではなかったですけどそういえばよくうしろについてきてたきがします
昨夜は管財人からも、使用人や町民からも話を聞いた。
人によって細かなところは違えども大まかな筋が一致するそれは、やはり親から子に伝えられる物語のようなものだった。ロドニーが聞いて回ったときは、王都という都会の人間に話すにはあまりに子どもじみた迷信みたいなものだから気が引けたのだとか。少し苛ついた。
岩山の向こうに行くな岩山の向こうの人間に関わるな。あれは人の皮をかぶった魔物。
ロングハーストの伝承と同じ語り口で、物語は警告から始まる。
まだ岩山がなかったころ。
緑豊かな深い森にはあらゆる魔物が跋扈していて、少し腕に覚えがある程度では立ち入ることができなかった。
ところが農夫がやすやすと森に入り、魔物に食われることもなく熟しきった果実や肥えた川魚を採ってくる村があるという。
その地はいつでも豊かだ。
その地は魔物に襲われない。
その地では豊穣を羨んで訪れたよそ者をあざ笑う。おまえたちとは違うのだと。
時には火矢を放って追い出した。魔物までもが森から出てきて追ってくる。
この国の強欲な王はその豊かな土地を隙あらば手に入れたいと狙っていた。
あの地に住むのは魔物と手を組んだ者。
だから魔物に贄を捧げる。だから魔物に襲われない。
我こそはと名乗りをあげよ。人の道から外れた者を討伐せよ。
夏に向かった兵たちは冬になっても帰らない。
そして骨が痛むほどに寒いよく晴れた日、幾千もの雷が落ちた。
みるみるうちに空を黒く染めた重い雲。
真横からに叩きつけてくる氷の粒が何もかもを薙ぎ払う。
凍ることのできぬほどの勢いで川は溢れて。
地が割れては畳まれ高さを増して現れた岩山は、剣となって王の城を突き刺した。
あの岩山は魔物と人の境界線。岩山の向こうに住むのは人の皮をかぶった魔物。
手を出したなら呪われて、何もかもを奪われる。
そしてまた、岩山の向こうに行くなと繰り返されて物語は締められる。
どいつもこいつも反省ってものを知らん話だが、ロングハーストの奴らがこの地では魔物扱いされている皮肉に笑った。
しかし火矢ときたか。魔物が追う火ときたらあれだよな。あれだろうなー。
大小の岩と瓦礫に飲み込まれた城は、一階部分はほぼ埋まっているから当然中に入ることはできない。
埋まらず晒されている窓部分から入れないこともないが意味はないだろう。
「いくら思ったより近かったと言っても、さすがに鳴き声届きすぎだとは思うんですよねー」
「だなー。ボスは縄張りの森から出られないって話だし」
「あー奥様、そんなようなこと言ってましたっけ」
「おう。……いや、竜は領都に向かってたんだったか。出ないだけで出られないわけでもないのか?」
「オレに聞かれても」
まずは登って向こう側を見渡してみるかと、馬と荷物を麓に残し岩場を飛び越えながら頂上を目指した。小さめの城より少し高い程度の山とも言えない山だし、身体強化を使えばすぐにたどり着ける。けれどその間も鳴き声は止まず、時には振動で崩れる石にひやりとした。いやいやどう考えても近くにいるなこれ。
まっすぐに森を囲う岩山へと連なる峰は幅も狭く、まるで巨人が両手で砂をかき寄せて遊んだかのようだった。両脇には草の一本も生えていない荒れ地が広がっている。あの竜どころか人ひとりだって身を隠せる場所などない。ならばどこだと思った瞬間に鳴き声がひときわ大きく響き、僅か数歩先の岩がぼこぼこと崩れだす。
「ぉおおっとおお!」
「あっ――っぶなああああ!」
お互いの肩を掴みあい、崩れ落ちる土石にとられかけた足で後ろへと跳んだ。
「……穴が空いたな」
「空きましたね」
ぽっかりと空いた直径二メートルほどのそこを恐る恐る這いつくばってのぞき込めば、急な角度で降っていく暗闇の底で緑の光がふたつ爛々と輝いていた。
俺たちの後ろから差し込む光が届く場所に一歩踏み出した太い爪が並ぶ足。
続いて現れたのがつるりとした白い鱗に覆われた額。高さに余裕はあるようなのに少し屈んでいるのか上目遣い気味の緑色と目が合った。
やっぱりだ!やっぱりお前か――って!
「待て!待て!跳ねるな!崩れる!崩れるから!!」
ぎゅるると鳴っているのは喉なのか、ずどんずどんと両足をばたつかせ、巨体に見合わぬ短い腕まで上下に振りはじめた。
岩山の中が空洞だとかどうなってんだ!そりゃ鳴き声もよく響いたことだろうな!だから跳ねるな!
ひとしきり跳ねてから落ち着いたらしい竜は、穴の中から俺を見上げて、ロドニー、それから俺たちの後ろへと視線を送り、また俺を見上げるのを繰り返した。
どこかそわそわしたような素振りの四巡目で、はたと思い至る。
「……アビゲイルは連れて来てないぞ」
結構長いこと硬直したように動かなくなっていたから、おそらく目当てがそれで合ってたんだろう。
「で、やっぱりこの岩山はお前がやったのか」
「ピヨちゃんにもそうだったけど、すっごい自然に話しかけますよね主って」
「こいつは結構賢いってアビゲイルは言ってたしな」
「まあ賢いんでしょうね……まだ立ち直れてないようですしー」
ころりと竜が転がしたエメラルドらしき原石は、どうやら差し出してきたようだったから近寄ったのが悪かった。
何故だか抱きかかえられ、かれこれ一時間はあちこちの匂いを嗅ぎ続けられている。
そろそろ出発したいんだが絶妙な力加減で抜け出せない。
せっかくひと月かかる日程のところを一週間近く短縮して帰れそうなんだぞ……。
「なんかないか。こいつが満足しそうな何か考えろ」
「わー無茶ぶりぃー」
結局それからさらに一時間後、ロドニーが予備で持ってたアビゲイル用のハンカチを渡すことで開放してもらえた。
やっぱりさすがだなコフィ家……。







