21 ごえいがくるみをぎゅっとしてわったのすごいっていったらだんなさまもしてくれました
変な人が来たら旦那様の後ろに隠れるって約束をしていました。今旦那様は遠征中だからいざというときはイーサンの後ろに隠れなさいと言われてたのですけど、イーサンは今屋敷の中にいます。
門にはいつも護衛が二人交代で立っていて、今日の当番はハギスと前に胡桃を割ってくれた年長の護衛です。二人が鋳物門扉をがらがらと引いて閉じかけたとき、向こう側からブリアナが男を二匹つれて走り寄ってきました。多分ブリアナは変な人……で、いいはずで、でもこれはいざというときでしょうか……。そう考えているうちにタバサが私の前に立ちました。
ブリアナに気がついた護衛の二人は急いで門扉を閉めて、柵の隙間から突けるように槍を構えます。鼻先で締め出されたブリアナは小さく舌打ちをした後におすましをしました。足遅いのに。
「控えなさい。そこの娘は仮にもこの家の夫人でしょう。私はその母なのよ」
「柵から離れろ」
ハギスが低い声で静かに答え、門扉の鉄柵を握るブリアナの手を槍で叩くふりをします。胡桃の護衛の槍は後の二人に向けられていました。
「奥様。あれがロングハーストの?」
「義母です!」
そうですか、と振り返らないまま頷くタバサの声もいつもより低い。
「アビゲイル。ねえ、話があるの。ここを開けるよう言いなさい」
「我が主よりロングハーストの者は取り次がぬよう命を受けております。お引き取りを」
私と話すとき、タバサはいつも落ち着いた柔らかい声です。でも今は張りがあってよく通る声でブリアナに告げました。タバサの後ろに隠れるようにとは言われていないので、ぴんと伸びた背すじの横からちょっと覗いてみます。久しぶりに見たブリアナは、なんか汚れてました。いつもお飾りとかいっぱいつけて重そうだったのに、それもありません。
「……使用人なんてつけてもらってるのね。援助を頼んだときは断ったくせに」
ブリアナも首を伸ばして私の顔や服をじろじろと見ています。前に夜会で義姉がしていた目つきに似ていました。顔も似てますし。
「えんじょ」
「断ったでしょ!だからあの人があちこち駆け回って結局野垂れ死にしたんじゃないか!」
あの人とはきっと伯爵のことでしょう。狂乱羊が穀倉地帯を荒らしたのを支援してもいいけどどうする?と旦那様が聞いてくださったときのことだと思います。
「伯爵が自分で決めたお仕事で、狂乱羊のスタンピードを防げなかったのだから仕方ないです」
ボスはなんでも決められるけど、失敗したら群れから追い出されたり殺されることだってあります。それは人間の群れだって同じだと習いました。
「あんたの父親だよ!?これだから魔も「叩きのめしなさい!」えっ、ぎゃっ」
タバサの鋭い声の指示でハギスは槍をぐるりと回転させて石突でブリアナの手元を柵ごと叩き、がつんと重い音があがります。
「ここはノエル子爵邸です!平民が貴族の屋敷前で騒ぐなど!衛兵に突き出しておやり!」
胡桃が呼子笛を吹き、ハギスが槍でけん制しながら門を開けかけたときには、もうブリアナは他の二匹に引っ張られて通りの向こう側にいました。
物陰に飛び込んで、姿を見せていなかった残りの二匹と合流したようです。さっきより足速かった。
◆◆◆
閣下が言っていたように、二百年以上前の資料など今起きているロングハーストの災害で役立つことなどないだろう。だけどその対応は専門の文官たちが行っているし、彼らは優秀だ。問題はあの土地の特殊性と領民の異常なまでの排他性で、最終的には武力で押さえつけることになるとしても今後管理する上でその理由がわかるにこしたことはない。何せ王族のいる場に石を投げるような無知さと凶暴さを兼ね備えているし、派遣されている文官たちの身の安全にも関わる。
領主館には普通あるはずの領の歴史を綴ったものも見当たらず、村もすでにいくつか消えた。近隣の領主にも情報を求めたそうだが商取引以外の交流がほぼなかったらしい。それはこの王領でも同じだが、公国時代に何かあるかもしれないというわずかな可能性を浚いに来たわけだ。まあ、あるかもしれないとドミニク殿下の耳にいれたのは俺なのだけど。
竜が荷車ごと蹴り殺す前、生まれ故郷では森の魔物や植物を調べて利用するのは当たり前のことだったと元筆頭補佐の男爵は言っていた。それをロングハーストの中で担っていたのが、この大雨で沈んで消えた地図にない村だ。奴が思いつくままに並べたてた口上では所在がわからなかったが、後で調べればわかるだろうと思っていたのにまさか地図にないとは。
リックマンがブリアナや男爵の生まれた村を突き止めたことでつながって助かった。
隠された村はロングハースト領都とこの地の中間地点にある。魔王を討伐した勇者を派遣したお城がここなら、村を通過したかもしれない。当時なら他国に兵を派遣したということになるんだが、王都はそれなりに遠い。うちの王家が把握していないということは、それは内密に行われたものであり、資料もまだここにあるはずだ。
「と、思ったんだけどないな!」
「主のこの手の勘が外れるのも珍しいですよねー」
昨日の朝から資料庫を総ざらいして翌日夕方の今、その村を示すものは見当たらない。ただ、実り豊かな土地であったらしいのに、より豊かなロングハーストを狙っていたのがうかがえた。やたらと向こうの畑の出来やいくつかの村の人口まで間者使って調べてるからな。
「とりあえず殿下への手土産はこの偵察資料で手を打つか……リックマンあたりが見れば何か突き止めるかもしれんし」
「ですねー……で、どうします」
「どうするってどうもならんだろ」
「ずっとですよ。ずーっと!ほぼ丸二日鳴いてんですよあいつ!主ほんとは気になってんでしょー?」
「うるさいんだから気になりはするだろそりゃ!」
「管財人も住民が不安がってるってちらちら上目遣いしてきてたじゃないですかー」
「風鳴りだって自分で言ってるのになんで俺に言うんだろうな……ただの軍人一人に岩山をどうしろってんだ」
それでも気になってしょうがないのも正直なところで。
明日の朝には王都へ向かうが岩山の方を通って様子を見てみると管財人に伝えれば満面の笑みが返ってきた。
「いやー!武勲輝かしいノエル様に見ていただけるとは助かります!もうここの住民みんな岩山の向こうに行くと呪われるだとか、神の怒りに巻き込まれるとかで怯えちゃってしょうがないんですよ!なんだか魔物使いがいるだのなんだのとかで!」
「それ詳しく頼む」
そういうのだよそういうの!早く言ってくれよなあああ!!







