17 ちゃんとだいじなところはおしえておいてあげました
イーサンは暗器使いらしいです。
教えてくださいとお願いしたら、なるほどって差し出した手にはサーモン・ジャーキーが!いつのまに!
「私がどこから出したかわかるようになったらお教えしましょうね」
「もう一回!もう一回です!」
「一日一回でございます」
それから毎日出してもらってますけど、今朝もどこから出てきたのかわからなかった。
今日出してくれたのはハンカチです。お出かけ前だったのでポケットにいれました。
午前中にお仕事をしてリックマンにも招待状を渡して、お昼ごはんも食べてから医務院に来たのですが、旦那様が扉をノックして開けるとウェンディがいました。
「何故ハイドンがいる」
旦那様はウェンディをちらりともせずに部屋の奥に声をかけたのですが、ウェンディのほかは誰もいないようです。
「だってこの間治癒魔法を私に習いたいってアビーちゃんが言ったんじゃない」
そんな話になってたでしょうか。やっぱり会話術難しい。
普段常駐している治癒魔法使いは休憩に出たからお留守番をしているそうで、それを聞いた旦那様が唸りました。
「俺は見習いとはいえちゃんとした治癒師に依頼したんだ。ただの治癒魔法使いじゃない」
「ひっどーい。だって発動見せるだけなんだからそんなの変わりはしないわよ」
「変わらないと思ってるからお前はいつまでも下手なんだろうが!」
「どうせ見ただけで使えるようになるわけじゃないんだから同じでしょ。そもそも適性が必要なんだし。ね?アビーちゃん」
ウェンディが口を大きく開けたにっこりをしたので、頷きを返しました。どんなものなのか見たいだけですから、下手でもいいのです。
今日もぱつぱつのお胸を反らしながら示されたソファに、旦那様と並んで腰かけました。
「まだ新しい服を買ってもらえないのですか」
「この制服は支給されたばかりだけど?」
なんてこと!お胸はそんな急に大きくなるものだったのでしょうか。自分のを確かめようとしたら旦那様に手を下ろされました。帰ってからにします。
けがを治す治癒魔法は、魔力操作が繊細なうえに体のつくりとか仕組みの知識が必要なのだとウェンディが話しはじめたのですが、それはもう教わったから知ってます。
旦那様が予備知識は教えてあると伝えて、治癒魔法の発動を促しました。
ウェンディは少し頬を膨らませながら手のひらに魔力を集めたほんの数秒の後、ちっちゃなあの子のときと同じ魔力がゆるゆると手のひらで渦になりはじめます。少しいびつな渦。旦那様が魔法を使うときにはいつもきれいな円がいくつも重なるのに。
「”天と地を導きの光で満たせ絶え間なく湧き出る泉をその身に宿せ"」
「長い!?」
「ぶふぉっ」
「あっ」
「あっ」
渦がすぐにざらりと崩れて消えてしまいました。……これは私が驚かせてしまったからかもしれません。
「ごめんなさい。旦那様の詠唱はいつも一言だからびっくりしました」
「……戦闘系はそうだけど、回復系はこのくらいの詠唱普通でしょ」
「鍛錬が足りない言い訳だな」
「それでも使えるだけ特別なのは変わらないわ。ジェラルドだって」
「ウェンディも特別が好きなのですね」
あの子も特別が好きだったと思います。
『どんな魔物より強くて大きいからおまえは魔物の王様だな』
あの子はそう言って魔王を魔王と呼びはじめたのですけれど、村人たちに俺は魔王の特別なんだって言っていたのを知っています。
森の入り口に贈り物を持ってくる村人にそう言ってましたし、村の中でも言ってました。俺が特別だから魔王は願いを聞いてくれるって。
魔王は耳もいいのです。
あの子と並んでおいもや桑の実を食べる魔王は跳ねてましたので、きっと旦那様にくっついたら跳ねたくなる私と同じに楽しかったのでしょう。
森の中のお散歩についてくるあの子が魔物の巣に近づかないように、腕を引っ張って教えました。
川のそばで焚火をするときは魔物寄せの花まで燃やさないように、服を引っ張って教えました。
魔王は人間の言葉をわかってるけど話すことはできなかったので、たくさんの手や足をあっちこっちに動かして教えたのです。
それは多分特別ってこと。だからあの子は間違ってないし、特別になるのは楽しいって今では私も知っています。
ウェンディはあの子とちょっと違いましたけど、魔力みたいに同じところもやっぱりあるようです。
「でも私の特別はもう旦那様なので」
「なんで私が振られた感じになってるの!?――ちょっとジェラルド」
そっぽを向いてしまった旦那様はひじの内側で口を覆ったのですが、その腕にウェンディが手を伸ばしました。
でも旦那様はその手を素早く払いのけます。さすが旦那様。朝の鍛錬で護衛としているときと同じ動きです。
「アビー、ちゃんとした治癒師の詠唱はもっと短いけど、どうする?戻ってくるのを待つか?」
「もう見たから大丈夫です!ウェンディ、ありがとうございました」
「あ、そ、そう?まあ別にいいけど」
ちゃんと近くで見たのは初めてでしたが、治癒魔法は多分使おうと思えば使えると思います。
でもきっとこれを使ったらもう森には帰れなくなる気がしました。にんげんだけが使える魔法ですから。







