11 おきゃくさまをよぶときのおさほうはちゃんとははうえにならったのです
魔王に焼いたおいもを初めてくれたちっちゃい人間は、あんまり魔力は多くなくって、いえ、それでも他の村人よりは多かったと思います。だけど魔法を使うことはできなくて力もなくて弱かった。ちっちゃいですし。だけど村人のお手伝いをしたらもらえるというおいもを魔王に分けてくれたのです。
最初は、投げてよこしてそのまま走って行っちゃったのですけど、次は遠くからじっと魔王を見てて、ちょっとずつ近寄ってくるようになって、そのうち横に並んで一緒に食べるようになりました。
「だから魔王も森の奥からとってきた桑の実とかきのことか、あと襲ってきたから半分食べた蛇とか分けてあげたんですけど、そしたらちっちゃい人間は蛇を焼いてくれたのです!焚火上手でした!ちっちゃいのに!」
「あー、魔王は焚火下手だったんだっけか」
「魔王がするとちょっと火が大きくなりすぎますので!」
湯あみも終えて、旦那様が私の髪を魔法で乾かしながら櫛で梳いてくれています。最近はタバサがタオルで乾かしてくれるのではなく旦那様がこうして乾かしてくれるのです。あたたかい風をちょうどよく出せるようになったからなって。いつの間に練習してたのでしょう。主はそういう細かい技が昔から得意なんですよってロドニーが教えてくれました。
コップのお水だってひんやりさせてくれます。私も人間の魔法をいくつか教えてもらってできるようになってるのですけど、三回に二回くらいはコップを割ってしまうので旦那様にお任せです。旦那様がしてくれたお水の方が美味しいですし。口に含むとひやっとして気持ちがいい。
「……そのちっちゃい人間?とは、仲が良かったんだよな?」
「多分そうです。おいもくれましたから優しい人間です」
「うーん。それでそのちっちゃい人間が、えーと、魔王の頃だろ?随分前なんだよな?どのくらい前のことかわかるか?」
「どのくらい……魔王が死んでからはなんだかふわふわしてたので数えてないですけど、多分百回か三百回くらい春が来てたと思います」
「幅広いなー」
「ふわふわだったので」
時々春と春の間がすごく短かった気がしたこともありましたし。
旦那様は私を膝に乗せて、今度は櫛ではなく指で髪を梳いてはくるくるしはじめました。それからつむじに顎をのせて、ふうって息をつきます。
「ハイドンがその大昔に芋をくれた人間だったってのは、その、どうしてわかるかとか」
「……わかりませんか」
「だよなー。うん。俺にはというか大体わからんかな。姿形が同じなのか?」
「すがたかたち……ちっちゃい人間は男でした。なんか魂が同じなんですけど……魔王も私も目がいいから」
どうやら旦那様にはわからないみたいです。ちっちゃい人間のことを旦那様は見たことないですし仕方ありません。
「あー……えっとなー、俺にはわからんがハイドンがその人間だったとしてだ。多分その頃のことをもう覚えてない」
「もしや人間は生まれる前を覚えてないですか」
「うん。もしかしたら覚えてる人間もいるかもわからんが、あんまりいないだろう……ハイドンが魔王を覚えていなくても、やっぱり芋をあげたいか?」
背後から覗き込んできた旦那様の眉がちょっと下がっています。
アビゲイルとなった今、私は魔王と全然違う姿ですし、だからきっとおいもをあげればわかるだろうと思っただけで。
だけど覚えていなかったら、おいもをあげてもわからないかもしれません。それでもあげたいかと言われたらどうでしょう。
ウェンディはおいもを好きでも嫌いでもないって言いましたし、あ、でも。
「おいもはあげなくてもいいかもしれません」
森は雪が深くて、ちっちゃい人間が冬に来ることはできなかったから。
秋には一緒においもを食べて、雪が降り始めたころに「また春にな」って手を振っていました。
春が来たらなぜかもうちょっと小さくなってて、魔王がとってきた葉っぱとか一緒に食べて。
夏は魔王のお散歩についてきて、川でお水を飲む魔王がこぼした貝とかエビを拾って。
毎日ではなかったですけれども。あの子は村でお仕事がありましたし。
ちょっとずつ大きくなるにつれて「仕事が増えたから」って言ってましたし。
お仕事が増えたからもらえるごはんも多くなったって。
「あの子が森に来なくても、魔王は目がいいので村の中は見えたんですけど」
「うん」
「多分村で偉くなったんだと思います。秋には贈り物だぞって荷車においもとか載せて村の人間を連れてくるようになりましたし」
「――ほお」
「私はずっと魔王があの子とおいもを食べてたのばっかり思い出してましたけど、よく考えてみたら一緒においもを食べたのはあの子がちっちゃいときでした。おっきくなってくるとあんまり一緒には食べなかったです。まさかとは思いますが、ウェンディはちっちゃい人間のときも別においもは好きではなかった……?」
「お、おう……いやー、どうだろうな……あのな、アビー」
「はい」
髪をくるくるする旦那様の手を摑まえて鼻にあてたら、やっぱりいい匂いがしました。
「実はな、俺はハイドンが嫌いだ」
「はい。旦那様、ご機嫌悪くなってました。あっ、ウェンディと一緒のごはんは嫌ですか?」
「――よくわかったな!?」
そうでしょうそうでしょう。お披露目の準備のときに義母上からお作法とか習いましたし!仲良くない人同士は一緒の席にしないのです!
すごいぞアビーって旦那様がつむじを撫でてくださいましたし、合ってます。
「大丈夫です。それでしたらお昼ごはんはウェンディとお庭で食べてきます」
「待て待て待て。大丈夫だ。執務室で食べような。俺も一緒に食べよう」
「でも義母上が」
「嫌いな奴とでも一緒の食事ができるのだって大事なお行儀だから!な!」
「そういえば義母上もそう言ってました」
「だろう。うん。……というか、それでもやっぱり芋あげたかったか」
「お庭でおいも焼こうと思ったのですがやめます」
「お、おう。本部ではちょっと焼けんかなー」
「料理長にお願いしてシェパーズ・パイをお弁当にします」
それはそれとして私がおいもを好きですので!
みっちりしたお肉にたっぷりとおいもを載せた料理長のシェパーズ・パイはとっても美味しいのです!







