10 おかわいらしいころのだんなさま
ロドニーとともに魔法学校に入学したのが十三の年だ。
その頃はまだロドニーより背も低く、筋肉がつきづらいせいで細身に見えていたのだと思う。
「ジェ、っと、主は肩幅もあるし手も足も大きいからそのうちでかくなるって父さんが言ってましたよ」
「お前そんな無理して呼び方変えなくていいんじゃないのか。今二人だけなんだし」
「駄目でーす。今のうちに癖になっておかないと。オレを雇ってもらわなきゃなんだからー」
「それは別に当たり前なことだろ。ロドニーより優秀な奴なんていない」
「……ほんともうそういうとこー」
魔法学校に限らないが、高位貴族令息が常に従者をそばにおいているのは当然のことだ。だけど、俺は一般入学ではなく特別試験が必要な選抜コースに通っていた。優秀者だけが所属できるそこに、主と一緒に学生として通える者は少ない。ロドニーはコフィ家の従者教育も受けながらだというのに、教育に金をかけられる裕福な貴族子息をきっちり押しのけてついてきてくれていた。
「うん、ドリューウェット侯爵家が断れない茶会の招待状はなし!断りの返事を出しときますねー」
「ん」
「まあ、一応聞いときますけど?もしハイドン嬢が茶会の招待状送ってきたら顔出します?」
「いやだ」
「ですよねー」
別に同じ学生の間は従者をしなくてもいいと言ってはいるんだが、ロドニーは律義に招待状の束を仕分けていた。仕分けといっても断れない家のほうが少ないし、それだって三回に一回は何かと理由をつけては欠席している。というか茶会しすぎだろう。いつ勉強してるんだ。
早いうちから婚約者を決めるのは高位貴族の嫡子くらいのもので、俺もそうだが次男以下が婚約をするのは大体十六、七を過ぎたころになるのが普通だ。だから男も女も魔法学校でより良い相手を自力で獲得しようとするらしい。ロドニーによれば俺は優良物件なんだそうで、入学してからこちらひっきりなしに茶会の招待状が来ていた。次男とはいえ、父がいくつかもつ爵位のうちのひとつを継ぐことになるだろうからだ。それが本当に優良なのかどうかは知らんが、もしそうだとしてなぜ研鑽のひとつもしないで優良物件とやらを手に入れられると思うんだかさっぱりわからん。勉強しろ。授業のある期間だぞ。社交の訓練なら長期休みにでもやれ。
ハイドンも選抜コースに在籍はしていたけれど、さして成績は良くなかったと思う。けれど自分が特別な存在でもあるかのような振る舞いをしていたし、それを咎める者もいなかった。何故かは知らん。興味もない。ひょっとしたら治癒魔法の素養があるからかもしれないが、それだってまだ素養でしかない。治癒魔法の使い手は確かに少ないが、特別な存在とか言えるほどじゃない。
「……気さくで明るく誰にでも公平に接すると評判ですけどねー」
「不躾で馴れ馴れしいだけだろ。なのになんで俺と親しいことになってるんだ。行く先々にあれがなぜかいるし意味がわからない。べたべた触るんだぞ。鳥肌が立つ」
「あ」
かんっと鳴った音に、ロドニーと一緒に窓を開けて下を覗き込む。
「ねー!そろそろ夕食行きましょー!」
わざとらしいほど清々しくにっかりと笑うハイドンが、小石を手で遊ばせながら寮の裏庭から見上げていた。窓を叩きつけて閉める。
「不躾で馴れ馴れしいだけだろ!なのになんで俺と親しいことになってるんだ!行く先々にあれがなぜかいるし!意味がわからない!べたべた触るんだぞ!鳥肌が立つ!」
「わー、きれいになかったことにしたー」
気色が悪いだけで実害はない。女性相手に手荒いこともできずにほぼ放置するくらいしかなく。
「もー、ジェラルドったらその気がないならそう言わなきゃ!」
断れなかった茶会では何故かもめ始めた令嬢同士の間に割り込んでは、まるで俺の保護者のような口をきく。その気ってなんだ。
「ああ、ジェラルドはねぇ、あんまり女に興味がないみたいよ。ほら、私はそういうんじゃないから」
などと周囲に嘯いてるのを知った時にはめまいがした。生まれて初めてのめまいだ。なにがそういうのだ。
一年早く魔法学校を卒業してやっと解放されると思ったら士官学校や軍にまでついてきて、似たようなことを繰り返す。あれは回復や支援専門の後方部隊なのに、どうしてどこにでも現れたのかいまだにわからない。俺はそれなりに成果をあげていたし、将軍が同情してくれたおかげで規律の乱れを理由にハイドンは地方へ飛ばされた。それが四年前だ。
「向こうじゃなんとか人並みにやってたって話で、さすがに四年もたてば正気になっただろうってことらしいです。一応彼女も伯爵家の人間ですし……」
「俺はあれの正気の状態を知らんぞ」
「主が絡んだ時は特に飛び抜けてましたからね……」
アビゲイルを送り出してからハイドンを振り切って会議に向かい、その間にロドニーがさらっと調べてきたことを屋敷への帰り道で聞いた。
「おかえりなさいませ旦那様!」
胸に飛び込んできたアビゲイルを受け止め、つむじに頬ずりをして、やっと肩の強張りがほどけた。あー、可愛い……。
「旦那様旦那様!次のお仕事のとき!おいもを持って行っていいですか!」
「あー、うん、すまん。それより先にな、いやちょっと待ってくれ。――もう少しこのまま」
「はい!」
いもは好きでも嫌いでもないというハイドンから、昼はなんとか引き離したけれど。いもかー。これちゃんと最初から順序良く聞き出さないとならんだろうなぁ。
「旦那様これはにんじんでできたケーキです!にんじんなのににんじんより甘いですよ!それで!上にかかってるのはチーズクリームです。お城からきたミルクでチーズクリームつくってそれからクリームチーズにしました!料理長が!」
「うんうん。多分逆だなーそれなー」
「えっ」
「クリームチーズからチーズクリームだろ」
「そうでした!」
聞き出せないまま食後のキャロットケーキをつつくアビゲイルを見つめている。
鼻息荒いな。そうか。昼寝のあとはずっと厨房にいたか。城のミルクが気になったんだな。実は前からうちも同じ牧場から仕入れてたんだが、誰もそれを教えないのは可愛いからに他ならない。
本当になんでこんなに城補正がかかるんだろう……。







