6 おいもはおいしいのでいっぱいあったらいいとおもいました
今日は軍の施設で二回目のお仕事です。
初めての時は、第四王子が文官を二人連れて来て紹介してくれました。今日は第四王子いませんけど、すごい牛のミルクは屋敷に届いたからいいです。旦那様の執務室にあるソファのところで私と文官たちはお仕事をして、旦那様とロドニーは隣り合った執務机で軍のお仕事をしています。鍛錬をもっとずっとしてると思ってましたのにそうでもなかった。
「夫人、この村ではトマトを育てていることになっているのですが……」
「おいもの間違いです」
「……なるほど、あー、それでここにこれが」
文官たちは今日まで作業した中でどうしてもわからなかったとことかをリストにしてきてますので、それをひとつひとつ説明していきます。見込みをたてるためには過去を知ることが大切なのだそうです。翌年何をどれだけ育てるかの指針になると言っていました。
そういえばそんな本も読んだことがあります。だけどロングハーストでは気にしなくても植えたら育ってたので、あれは物語なのかもしれないと、お爺に教えられるまでは思ってたのです。違った。よその人間は色々してた。きっとお爺みたいな人間も城にはいるに違いありません。お庭もご立派でしたし。
でもちょうど今頃はロングハーストで大雨が続いています。収穫前の作物も苗を植えたばかりの畑の土も、全部流れてしまうでしょう。これはお爺じゃないと無理だと思うのですが、旦那様がそれは黙っておくようにって言ってました。だから、ぽろっと言っちゃわないようにしなくてはいけません。
振り向いたら旦那様と目が合いました。頷いて見せたら頷いてもらえます。大丈夫です。
「――不思議なほどに収穫量が落ちない地域だと噂に聞いてはいましたが、これほど同じ作物を何年も続けざまに作付けしてなおとは」
男性のほうの文官が、何枚も並べた紙を横切って指でなぞりながら首を傾げます。私からは逆さまに見えるその表の、指がなぞったところはおいもと小麦でした。
「おいもは好きです」
「え、あ、えぇ?お、美味しいです、よね」
「はい。だからいっぱいがい「アビー、おいで」はい!」
私たちがいる応接セットと旦那様たちの執務机は少し離れています。旦那様たちのお仕事は機密というほどでもないけど、迂闊に見せるものでもないからって。
ソファを回り込んで旦那様のそばに行くと、口の広いガラス瓶の中から取り出した虹色の飴を口にいれてくださいました。知ってます。これは私の好きな飴。大きめだけど口の中で転がしてるうちに外側が薄くなってきて、くしゅって崩れるととろとろのシロップが出てくるのです。
ころころと口の中で飴を転がしていると旦那様に手を引かれたので、そのままお隣の椅子に腰かけました。今おしゃべりしたらよだれがこぼれちゃうかもしれませんし。
この椅子は私専用に用意してくれました。万年筆でさらさらと書き物をする旦那様のお邪魔にならないように覗きこめる高さがあるので、座ると足が床に届かなくなります。
「一息いれてくださいねー」
「あ、いえ、自分は「どうぞー」……ありがとうございます」
ロドニーが私と文官二人にお茶をいれてくれました。男性の方はお断りしようとしたみたいですけど、ロドニーのお茶は美味しいからもらったほうがいいです。女性の方の文官はぎゅっと肩を縮こまらせて、ちらちらと旦那様を見てはうつむいてを繰り返しています。飴が欲しいのでしょうか……でもこれは私のだから……。
旦那様とロドニーは休憩をしないみたいで、旦那様の執務机にある書類箱の中身がなくなると、ロドニーが一束追加します。私もお手伝いしたい。軍のお仕事はどんな教本を読んだらわかるようになるのでしょう。壁一面に据えられた本棚にはみっちり詰まった背表紙が並んでいます。装丁のぴかぴかしたものが私は好きなのですけど、あまりそういうのはないようでした。
「進み具合はいかがですー?前回持ち込んだものより随分整理されてきてるようですけど、かなりスケジュール詰めたんじゃないですかー?」
ロドニーが新たな束の端をとんとんしながら声をかけると、男性文官がお茶を一口飲み下して答えました。
「あ、はい。恥ずかしながら前回の打ち合わせの後でドミニク殿下に軽くお叱りを受けまして……担当を増員して洗い出しと整理を進めましたから。今も城で作業を続けておりますし」
「あ、あと、に、二回ほどお時間を、い、いいただけれ、ば、追いつける、かと」
どもりながら女性文官が言葉を続けました。満足気な頷きを二人に返したロドニーが偉そうです。旦那様ほどじゃないですけど、ロドニーもつよいですからね。私も頷いておきました。私もつよいので。あ。飴がくしゅってなった。美味しい!これは新しい味です。オレンジ!
サイドキャビネットの上に置いてもらったお茶がちょうどよい感じになったので口に含むと、オレンジの爽やかな香りがお茶に馴染みました。いつもは美味しい味が消えるのを待ってから飲んでたのですけど、こうして飲むと美味しいのが増えるって私は気がついたのです。昨日。
「ノ、ノエル様の遠征、までには、し、しっかり終えられる予定、ですの……ひぇっ」
旦那様の舌打ちに文官は小さな悲鳴をあげました。
……えんせい?







