第8話 最愛の長男
"ブゥゥン"
魔法陣には三角形、逆三角形の重なったような複雑な模様が浮き出ている。
その円状の中に1人の男が現れ、慌てた様子で儂の身を案じてきた。
身長は高く、腰まで迫る長髪、親譲りの吊り目、耳には漆黒に鈍く輝くイヤリングをしている。
そう、此奴は息子だ。
「父上っ!ご無事でしたか!?」
「何故ココへきた?継承会はどうしたっ!?」
継承会とは次世代の魔族を統べる者、大魔王を選抜するトーナメントである。
代々、大魔王の後を継ぐのは身内でなければならないのだが、生憎子供たちがどうしてもそれを望まないと言うのだから仕方がない。
(初代から続く継承ではそんなわがままは通用しなかったらしいが…)
「はい、その件については先程決着が着きました。結果は父上が予想した通りです。」
「そうか…まあ仕方あるまい、それよりノヴォーグよ直ちにここから離れるんだ」
緊張感のある声色に乗せられ、その元凶のいる方へ息子は視線を移す。
「ちょいと昔の知り合いでな、どうやら逆恨みされておるみたいじゃ」
「過去に何があったかは存じませんが、あれは人間ですよね?あの種族の強さを遥かに凌駕しています」
親子内で少し話をしていると、痺れを切らした勇者がイライラした口調で言ってきた。
「ちょっとー人を除け者にして話始めないでくんないかな、そちらはお子さん?」
「だったらなんだと言うのだ」
するととろけたような甘い笑顔になり、突如こっちに襲いかかってきた。
だが標的は儂ではなく矛先をもう一方へ向けた。
稲妻の如く疾い剣撃を躱し、ガラ空きになった勇者の顎めがけて拳を振るう息子。
が、その拳は空を切り、そのコンマ数秒後、矛先は別の肉体を貫いていた。
「ガハッ…」
油断したつもりはこれっぽっちも無かったのに僅かな動揺から隙が生じ、腹部をまともに刺されてしまった。
「ちちうえぇーー!!!」
背後でそのような惨状を目の当たりにして心の中を激しく掻きむしられるような感覚に襲われながら息子が叫んだ。
「おのれぇぇーーー!!!!貴様を殺すっ!」
間髪入れずにパンチの嵐が勇者に放たれるがそれを難なく躱し続ける。
「クソ!何故当たらない!」
「無理だよ、ワイは風神様の加護を受けているからねー」
通りで攻撃が当たらん訳だ、あの憎たらしい神の眼光が目に浮かぶ。
──それから致命傷を負った大魔王は戦闘に参加できず全て息子に託してしまう形になった。
拳と剣の攻防は数分間続いた。相変わらず勇者には一発も当てられず、幾多の追撃を受け続けるばかりだ。
「もういい、お前は下がっていろ。後は儂がなんとかする!グッ…」
立ち上がろうとすると目眩と腹部への激痛でフラついてしまう。なんとも情けない限りだ。
「もう大魔王もあのザマだし、君等まとめて逝かせてあげるー」
皆殺し宣言を発した勇者に対して息子は吹っ切れたような笑顔を見せた。
「もう、これしか方法はないか…」
「なんだよニヤニヤしてーついに諦めちゃった?」
「父上の代から肉弾主義と戦闘手段が変わってから魔法関連の教えは一切受けていなかった、ただ1つを除いて…」
そう言うとどこか儚げな顔で儂の目を見つめてにっこりと静かに微笑んだ。
嫌な予感がした。
「父上、私は書で見た歴代の王達の自由奔放な振る舞いが心底嫌いでした。
無情に塗れた当時の世界できっと笑う者はいなかったでしょう。
ですが今は違う。
弱者がいれば強者に飲まれるのは必然ではなく弱者がいれば力のある者が助ける、そんな支え合いの精神がとても愛おしく好きです。
だからそんな温かみのあるこの村を脅かされるのなら躊躇いません。
どうか先立つことをお許しください。」
"ドシュッ"
儂が止めようと言葉を発する前に既に覚悟を決めた息子は行動していた。
自らの手で体を貫通させ、胸部辺りからは赤い液体が噴水のように飛び散っていた。
頬に付いた返り血を下で舐めとりながら呑気な声で勇者が話かける。
「なんだー自殺しちゃうのかー残念だなー。
もっと遊べると思ったのにー。
まあいいやーバイバーイ!」
「そ…だな…この世界に別れを告げるのは辛いが…これでは仕方がな…い………………だがな…」
今にも消え入りそうなか細い声で息子は最後の力を振り絞ってニッと笑う。
「お前も道連れだ…」
「はー?」
手の平で何か蠢く赤黒い塊を掴みながら前方へ腕を突き出し、詠唱を口にし始めた。
「ディグマ・グッビコ・インハー」
曇り1つない空に突然、黒煙が渦巻き始めてその中心から錆びついた重厚感のある巨大な観音開きの扉が現れた。
扉の表面には何人もの苦しむ人々が様々なポーズで悶ている様が表現されている。
鈍く開き始めると中から限度のないような闇と扉と大差ない身長の老人が姿を現した。
黒いローブに身を包み、フードを外し、白髪が首元まで伸びていて、目は虚ろ、首と腕にそれぞれ赤い梅干しのような球体が幾つも付いたブレスレットとネックレスをしている。
そんな常軌を逸する光景を一部始終見て勇者の顔面は蒼白していた。
すると老人は生気のないような口調で話し出した。
「…生贄はお前達で過誤を犯さないな?」
「ああ…この勇者を頼む…私の分まで持っていけ…」
「諒解した…」
願いを承諾すると謎の引力で扉の闇の方へ向かって2人は引き寄せられていった。
その最中、別れ際とは思えない安らかな顔でこう言った。
「父上……どうか達者で…」
それが儂の愛すべき長男の最期の肉声となった。
「ノヴォーグっっ!逝くなあぁぁぁーー!!」
必死に呼び止めようと叫んだがその想いは無情にも静寂で返ってくることとなった。
蝶番の耳障りな音が鳴り終わると空は何事もなかったかのように真っ青となった。