第7話 4つの気持ち
「おい、今すぐその穢れた手を娘から離せ」
「いやだねーこのコには他の魔族とは人質の価値が違うもんでねー」
「秒針を司り、貴様を葬る事など造作もないのだが?」
「じゃあどうぞ?やってみなよーできるもんなら」
この脅しをものともしない面構え、いくら人質を手元に置いているとはいえおかしい。
「貴様、一体何者だ?」
「まさか魔王様から正体を聞かれるとはな、こりゃあ光栄だー」
勇者はそう言うと口角を不自然に上げながら悪魔よりも悪魔らしくニヤけた。
「御託はいいからとっと答えろ」
「へいへーい、わいはリグレイデ=フィラビッジと言うもんだー魔王……あんたはあの時の約束を覚えているかい?」
すると先程までの気味悪い笑みが消え、憎悪に満ちた顔に変貌する。
「儂は貴様なんぞ知らん」
「じゃあヒント…同い年だね!!」
その言い回しを聞いた途端、遥か昔に忘れ去られていた記憶が蘇りこめかみから一滴の雫が垂れた。
「まさか貴様、、、だがありえん、生きているはずがない」
「やっと思い出してくれた、130年前くらい前にライリフォードラゴンの肉を食ったから不老不死になれたのさー」
「あの世界一の硬度を誇るドラゴンをどうやって切ったというのだ」
「なーに、ちょっと知り合いに物好きな伝手があってね」
自慢げにそう語ると何故か人質として捕まえていた娘をそっと下ろし解放してくれた。
「まあでも、一応思い出してくれたみたいだし同族殺しは勘弁しといてあげるよー」
娘はこちらに向かって走り、瞳に涙を浮かべながら抱きついた。
「パパァー!こわかったよーー!!」
泣きじゃくる娘の頭にそっと手を置いて、脱線した話を元に戻す。
「……約束というのは周りの大人は自分の都合しか考えておらず愛情をくれないから、2人で愛を探す旅に出ないかというヤツか?」
「そう、ワイの親も魔王様の親もろくでもないヤツらだったろ?一緒に暮らすに値しない目の前の欲望にしか興味のない有象無象のゴミ共じゃなかったかい?」
と手のひらを上へ向けたポーズで同意を求めてくる勇者。
「確かにそんな話をしたが最後の別れ際に言わなかったか?儂は大魔王の後継者になると意を決したと」
儂の家系は幾多の魔族を統括する大魔王の血筋だ。
青年になるまでは前線で大魔王としての威厳を
遺憾なく発揮していた父には日々口を酸っぱくして言われていた使命があった。
「お前はそう遠くない未来、儂の後を継いで誇り高き魔族達を導く王になるのだ」
と、そんな押し付けがましく自分の将来を決めつけられて当時はとてもうんざりだった。
だが、父は口だけではなく行動で自ら立場の大切さを雄弁に語ってくれた。
戦場で負傷した同族がいたら守りながら戦う。
ある時は村全土の畑が天災でだめになり、食糧難に陥れば食料を無償で分けてくれる。
別の日には古来より伝わる魔族の非人道的な印象を受け、他種族から差別をされて悩む同族がいた。
その翌日には同族の無念を晴らすために他種族の領地へ入り、された分の報いを浴びせた。
(殺しはしておらぬ)
いつも活躍しては専属メイドから父の動向を聞かされていた儂は次第に尊敬するようになっていた。
そして、気づいたのだ。
大魔王になれるのは強大な戦闘力を有してる者ではなく、仲間を自分よりも思いやれる度量が必要なのだと。
そう、大魔王の冠を被ろうと決意したのはその頃だった。
「はぁーこれだよー」
手のひらで顔を隠して、落胆したような溜息を吐きながら勇者はこう続けた。
「いいかい魔王様?いや、やっぱ昔のように呼びたいな…ベルタ、君は洗脳されてるんだよ、今は亡き過去の老いぼれ共に」
淡々とこちらへ歩いてくる、何の恐れもなく目線を合わせながら。
距離にして大体1mくらい、互いに手を伸ばせば届く辺りで歩みをやめ再び口を開く。
「それは自己満足を息子に押し付けただけの責任転嫁さー、親なんて所詮私利私欲の塊なのだから」
「それはありえんな、身近で見ていたからこそ誰よりも実感している。あそこまで驕らずに献身的に振る舞える父にそのような浅ましさは微塵もありはしない。貴様の両親がどういった人格なのかは知りはせんが、そちらの物差しで計らないでもらいたい」
と、嫌悪感を剥き出しにして人差し指を顔へ向けて指す。
それに対し首を傾げて気怠そうに話す勇者。
「どうやらもう手の施しようがないようだー
悪いけど君とその一族のみんなには安らかな世界へ逝ってもらうよ」
ソードベルトに連なってる鞘から剣を素早く引き抜いて懐へ刺しにくる。
それを右横に躱し、無防備になる横顔めがけて拳を振るった。
両足の側面を地につけ、後ろへのけ反り躱される。
「ベルタくんよー、君は魔王の癖にまったく冷酷さが無いよね。だったらいっそのことそのウザったい責任感を消し去ってあげる」
すると勇者が首元に嵌めている分厚いリングから妖しい光が漏れ出した。
輝きの根源はリングに埋め込まれている4つの鉱石だ。
その眩さは何故かいくつかの感情を連想させるものであった。
ひー、娘が父の日を毎年覚えていてくれて、プレゼントを貰った時の感覚。
ふー、幹部でありながら報連相を怠り、独りよがりな判断によって起こった事後報告を聞かされた時の感覚。
みー、娘が落ち込んでいるのを察した時の感覚。
よー、娘とのじゃれ合い(組手)をしている時の感覚。
どれも日常の中で切っても切れない親しみのある感情だ。
「何やら物騒なオーラをその色とりどりなリングから感じるんだが、恐らく精神に干渉する装備なのでは?」
「へぇー流石、見ただけでバレちゃたか。そうさーコイツを身に着けたまんま相手に少し攻撃が掠れば喜怒哀楽の感覚を消失していくって訳だ。」
「それは勘弁願いたいな」
厄介な特性の装備を付けてるせいで攻撃を安々と受ける訳にはいかない。
恐らく切られ続ければ最終的には何も感じなくなり廃人と化するに違いない。
そんな風に眩しく光る装備の効果に危惧していると勇者と儂から3m離れた場所に突然魔法陣が浮かび上がった。