第6話 魔王の昔話
──あれからどれくらい時間が経ったのだろう。
目を冷ますと霧が辺りを包囲していて何も見えない。
暫くしてから激しい頭痛に襲われ、走馬灯のように学校生活で体験した様々な記憶が高速で脳内を駆け巡った。
校舎の高い所からジャンプして暗転した所で頭痛は治まり、ある事実を悟る。
「そっか…死んだんだっけ」
衝撃的な事実のはずなのに不思議なくらい冷静でいられた。
死のうと思った理由もしっかり覚えている、好きなコが目の前で死んでしまったから。
原因は不明だったけど彼女は何かに追い込まれて日々苦しんでいたのだ。
(ふざけんな…勝手に死ぬなんてありえねーよ、これからどうしたらいい……こんな何もない無の世界に来てよ………)
自分自身も生活自体に全く不自由してない癖にこうして命を粗末にしてる時点で人の事は言えない。
だけどそれだけ本気で頑和を好きだからこそ実行できたことでもあるのだ。
いつまでもしょげていても埒が明かないので立ち上がり、辺りに変わった所がないか確かめるべく前へ歩みを進めていく。
──感覚的に約100m歩いた頃、前方に建物が見え始め足早になっていく。
建築様式は歪で円柱の外観がマトリョーシカの如く上に行く度に小さくなって重なっている感じだ。
その手前には立派な噴水があり、水が勢いよく出ている。
その飛沫が近辺に咲いている見たこともない花々に当たり、生命力を強く感じた。
(なんか異国に来たような雰囲気の場所だな、人が住んでそうな建物もあるし、他にも誰かいたりすんのかな)
とりあえず自分以外の生命の存在に可能性を見出だせてホッとした。
ただ自分のよく知る世界ではなさそうだからちょっと心細いような。
すると死角になっていたボロボロの壁の向こうから1人の人物がゆっくりとした足取りでこちらに向かってくる。
身長が2mを軽々越え、漆黒の兜のような物を被っており、鋭利な角を生やし、歴戦の猛者と言わんばかりの肉体、その風貌から尋常ではない禍々しい圧力を受けた。
異世界転生系のアニメを嗜んでいた経験からこの人物がどれほど強大な存在なのかを瞬時に理解した。
「ほうー久しいな、人間か…」
禍々しい男は品定めをするような目でジロジロ見ながら言った。
「あんたはひょっとして魔王?」
「だったらどうする?儂を殺してみるか?」
「いやいや、なんで急にそんな物騒な話になるんだよ、逆にこっちが命乞いしないといけない立場なんじゃないか」
「昔ならそうだったかもしれんな、だが今や人間など相手にしたくないのだ」
その弱気な発言にどこか違和感を覚えた。
異世界で知る魔王はもっと血も涙もない無慈悲の塊だったはずだ。
そんな絶対的存在が人間なんかを恐れる訳ないよな。
と思いつつも綱渡りをするような気持ちでこう聞いてみた。
「人間はその……苦手なのか?」
その瞬間ギロッとこちらを見下し、そのあまりの迫力に腰が抜けそうになった。
少し長い沈黙の後に口を開く。
「苦手か……というよりはアイツは悍ましい存在だった」
(アイツ?人間の誰かにトラウマ級の酷い事をされた経験でもあるのか?魔王にそこまで言わせるとは一体どんなヤツだ)
意表を突いた睨みから心が落ち着き、気になった事を聞いてみた。
「馬鹿するつもりは毛ほどもないんだけど、それは複数の人間に対して抱いている感情なんだよな?」
「何を言ってる、ちゃんと話を聞け、アイツと言っただろ、儂が意識しておるのは1人のみだ」
「でも、普通の人間が魔王の脅威になるとはとても信じられないんだけど」
「無論、ただの人間ではない、怒りに身を任せて破壊の限りを尽くす戦闘狂だ…あの天災が儂等を根絶やすのに攻めてきたのは500年くらい前の事だ…」
そこから神妙な面持ちで、魔王は壮大な昔話を語り始めた。
──魔暦1531年頃、ハイハー村という小さな村があった。
フレテ(果物)、べズチ(野菜)モンスターの肉、そしてこの村の名物といえばゾンブリナ森林の主フォグラージから採取した特性ハーブで香り付けされた燻製肉。
口にした誰もが舌を唸らせる絶品である。
村の人口は当時4000人程いて、種族は魔族がこの村全体の割合を占めていた。
どんなに弱い者でもS級モンスターを倒せるくらいの実力者揃い。
その強さ故に他種族はもちろん、元々近くのエリアを住処にしていたモンスター共も誰一人として寄りつく者はいなかった。
村の雰囲気は明るく争いもなく、少し退屈してしまいそうなくらい平穏な所だった。
そんなある日、村から外へ狩りに行った魔族の1人が門前で殺されていると報告がされた。
儂ら魔族はそれまで誰にも殺された事例がなく、村中が混乱で溢れかえった。
そこに拍車をかけるかのようにヤツが奇襲をかけてきて、ある老夫婦の家に侵入し2人を人質にとった。
その頃儂は、村で毎年行われる神魔獣化競技大会を見取りに近くまで来ておった。
なに、愛娘の洗練された手並みを見にいくのが楽しみでの。
人質解放の条件として出されたクソったれ勇者の提案は儂らを人間の奴隷にすることだった。
誇り高き魔族がそんな地べたを這うような思いをしたいはずもない。
だが同胞をみすみす見殺しには出来ず、誰もが身動きの取れない中、儂はハッタリをかます事にした。
「もしもその者達を解放してくれるなら魔族の頂きと戦う権利をやろう、見た所お主はじゃれ合いが好きそうだからな」
冷静に考えればそんな提案に乗らなくても奴隷にした後で戦えばいい話だがなんとなく儂の長年の経験から誘いに乗ってくると確信していた。
そんな風に高を括っていると思わぬ人物が現れた。
「パパァーー!見てみてぇー、両腕きいろくなれたよぉ!!」
無垢な様子でヨチヨチと魔王に駆け寄ってくるのは幼い愛娘、名をジェック=グタガーディという。
「シィーちゃん!それ以上くるでないっ!」
勇者に現在襲われている民家の目の前を横切ろうとした幼女を勇者は見逃さなかった。
その刹那、首根っこを捕まれビックリしたジェックは潤んだ瞳で助けを求めた。
「うわあああん、誰なのぉー!顔こわいよぉーーー!!!」
勇者は娘を摘み上げながら無言で立ち尽くしている。
心なしか傷ついているように見えるが気のせいだろう。