第5話 ジャンプ
──雲がやや淡い朱色に染まって流れている。
屋上からフェンス越しでグランドを眺めると白線で書かれた楕円形の輪の外をゆるりと走る部員達の姿があった。
本日の練習メニューはとっくに始まっているので早くこの場を切り上げて行かなければいけない。
だが今、この瞬間、天命を全うしなければ漢が廃ってしまう。
(さあ…言うんだコウ……相手に言われたままじゃ情けないぞ)
校門前での一悶着の話題を終えてからかれこれ1分くらい過ぎた。
目の前でツインテの片割を弄りながら俯いている頑和、告白の余韻からか頬を赤らめたままだ。
そんな彼女に誘発されて気づいたら緊張を走らせながら口を開いていた。
「実は…オレもなんす…」
ついついヤンキーの子分みたいな語尾になってしまった。
あれだけ自分は相手が告白すると理解した瞬間に煽った癖にいざ番が回ってくるとガチガチに緊張してしまう、情けないことこの上ない。
そんな身動きの取れないオレを差し置いて彼女はイタズラっぽく口を開く。
「でもなんでこんな暴力振るう人に惹かれたんだろ」
「いきなり冷静になるな、こんなんでも一応まだ罪悪感はあるんだ」
「嘘だよ、冗談に決まってるじゃん」
「おまえなーただでさえ自信ねえのに追い込みかけんなよ」
「ごめんって、ついつい反応が面白そうだったから」
まったく悪びれる様子もなくただ笑っている。
今回で話すのは2回目のはずなのにからかわれるまで関係が発展しているのは何故だ。
「…もう1回ちゃんと言ってほしいな」
「さっきのはノーカンなのか」
「あれが尋奈辺くんの気持ちの全部なんだね…じゃあやっぱりさっきのはな─」
「好きだぁっっ!!!」
気づけば腕の中に強く抱きしめていた。
初めて好きな人から告白されて1日にも満たない間隔で振られたらたまらない。
そんな焦りから気づけばこうして大胆に行動に移していた。
「え…えと……尋奈辺くん?」
咄嗟の行動に動揺を隠しきれず声が震えていたが構わず続けた。
「好きだ…頑和、意識し始めたのは最近だけどお前の良さなら学校生活を通して陰ながら見てきたつもりだ、ちょっと不器用だけど生徒会長を立派に熟してたり、あとはそのツインテールがどストライクで……その2つの束が時折揺れている姿はまるでフェネッ─」
「ストップっっ!!!」
互いに抱擁してる状態で慌ただしく叫ばれた。何か気に障る事を言ってしまっただろうか。
顔が見えないためどんな心境なのか大方察することも出来ない。
「わかったから、気持ちは分かったからもういいよ…」
腕から静かに彼女を解放するとそれに反応してあちらも少し離れてくれた。
顔を見ると熱でもありそうなくらい赤くなっていた。
「何かまずかったか?」
「髪型についてあんまり紐解かないでよ……コレけっこう抵抗あるんだから」
どうやらただ照れてるみたいだ、よかった。
個性的なヘアースタイルであるが故に中々人前で晒すには勇気がいるのも確かだ。
「凄い似合ってると思うけどな」
「それならよかったけど、髪も長くなったしそろそろショートにしようかなって思ってて」
「却下」
「髪型の決定権が握られた!?」
「もちろん、短めはいいかもだけどオレは今の方がいいなー」
「…じゃ、じゃあ…とりあえずはこのままにしとく…」
今の髪型を受け入れたもらえたのが嬉しかったのかツインテールを両手でプラプラしている。
そんな調子で俺達は砕けた感じでずっと戯れていた。
──すっかり日も暮れて月光で校舎が照らされているがかなり心許ない。
時間が経つにつれ気温も下がり、若干肌寒い。
「部活サボっちまったな」
「うん」
「怒られるかな」
「うん」
「ま、なるようになるか」
「うん」
とbotのように同じ言葉を連呼している、流石に長話で疲れたか。
そう思っていると彼女は今日1番の笑顔を浮かべて言ってきた。
「今日は初めて色々話せて凄く楽しかったよ!」
「ああ、オレもまあよかったかな」
「なにーその曖昧な感想は〜」
ほっぺをプクッと膨らませて眉毛を逆8の字にしている、漫画でモデルを務めるなら描きやすそうな表情だ。
かと思ったら急に真顔に戻り慎重な口調で話し始めた。
「これでもう、思い残す事はないよ…」
「え?何…言ってんだ?」
するとこちらに背中を向け、フェンスへ向かって勢いよく駆けて行く。
その突拍子もない動作から最悪の事態を予期し堰き止めるために叫んでいた。
「何やってんだ!やめろぉ!!」
あっという間にフェンスの外へ出て、足幅よりも幅のない足場に立っている。
それにもかかわらず足はまったく竦んでいない。
「早く楽になりたかったんだ…」
「急に意味わかんねえよ、さっきまであんなにふざけたり笑ったりしてただろ!?何があった?抱えきれない悩みがあるなら相談してくれよっ!」
「もういいの、、、私の最後の願いは尋奈辺くんに告白して恋人になる事だったから」
「いいわけあるかっ!やっと今日からだろ、どっかデート行ったり、まだ気持ちははえーけど付き合った記念日祝ったり、色々楽しいイベントが待ってるのはこれからだろがっっ!!」
肩で息をしながら必死に説得を試みたが心に一切届く事はなかった。
彼女はゆっくりと顔をこっちへ向けて一際明るいトーンで言った。
「想ってくれて嬉しいな……ばいばい──」
そう言い残した直後、何の躊躇いもなく宙へ身を投げた。
数秒後、鈍い衝撃音が生じ急いでフェンスの越しに下を見ると体を大の字にしてうつ伏せで倒れている変わり果てた頑和の姿があった。
視界が暗いため定かではないが頭からは夥しい量の血が流れている。
そんな悽惨な光景を見て思わず絶句し、その場で崩れ落ちた。
「あああぅぅ………あぁ…」
途方もなく声にならない声を上げながら落涙した。
脈絡のない自殺行為、何がそこまで彼女を追い詰めたのかがわからない。
校門の一件以外にも生徒会活動上で何かしら問題があったのかもしれない。
いや、そこに限定してしまうのも視野を曇らせる原因に成りかねない、例えばもっと身近にいるのではないだろうか。
クラスメイトの中にその元凶がいるかもしれない、なんてな…探偵じゃあるまいし詮索とかする気も起きない。
すこぶる何もかもがどうでも良くなり、身を起こしてフェンスから離れて助走をつける。
「悪くない時間だったけどオレを好きになってくれたコがあっちに行っちまったんだ…1人ぼっちにしておけないよな、母さん、モアイ、ショー、ヘイカ…勝手な行いを許してくれ」
助走から勢いよく跳躍しフェンスの細い足場を刹那的に蹴り上げて宙へ舞った。
「さようなら…オレの青春…」
静寂な夜の学校構内に2度目の鈍い音が聞こえた。