第46話 黒泉の館
──麗亡を追いかけてから大体一時間が経過し、商店街の端から端まで右往左往してみたけど一度も会えなかった。ひたすら探し回って、駆け回って、狼狽えそうになった末、現在バーガー屋近くで頭を抱えている。
このまま闇雲に移動し続けるよりもクレープ屋辺りにいればいずれ疲れて帰ってくるんじゃないか?いやいや、もしも誘拐されてたらどうすんだ??まだ低学年、高学年とも言えないどっちつかずの微妙なお年頃だぞ。きっとロリ好きのセンサーに引っかかるに違いない。小汚えオッサン(ド偏見)に目付けられる前に合流しなければ。
「ねえそこのボウヤ、中々イケてるわね、一緒にカラオケなんてどーぅ?」
声のする方へ向くと至近距離に顔があって思わずぶつかりそうになる。目の前にいたのはダークグレーのワンピースに腕まくりをしたどこか妖しい雰囲気の女性だった。
「うわっ!?」
「ちょっとーぅ!いきなりGが出てきたみたいなリアクションやめてもらえるーぅ??」
「いきなりなのはそっちだろ?」
「だってーぇ、何度呼んでも無視されるからーぁ」
「無視?」
そんなつもりはなかったのだが。誰かの呼びかけに気づけないくらい焦っていたのか。
「悪いですけど今忙しいんで他あたってください」
「んーぅ、そーしてもいいんだけどーぅ、活きがよさそうだからさキミーィ、話だけなら聞いてあげるよ。っ!よーぅ」
「あの」
「なにーぃ?もしかしてこの可憐なお姉さんと遊びたくなっちゃったーぁ?」
「どうしてそんなゆっくりな話し方なんですか?」
「ほぇ?男の子ってーぇ、こーゆー甘々口調がグッとくるんでしょーぅ?」
誘惑するように頬杖をついた上目遣いが高校三年生に惜しみなく浴びせれる。
これはかなり面倒くさいのに絡まれた、見た目からして三十代前半くらいだろうか。小学世代ならオッケー、中学でもまあいい、高校だとギリよし。そこまでならまだ許容範囲だったが成人女性がそれを遺憾なく発揮している姿は初めて見た。正直な感想を言うなら。キツい。
「一部の人には受けるでしょうけど万人受けはしませんよ、同性はもちろん、男性もです」
「うそーん!じゃやめた!」
「キャラ守る気ゼロですね」
「無理して作ってたし」
「いや、何があなたをそこまで奮い立たせたんですか?」
「ひ・み・つ♡」
学校では自分を見て憧れたり好意を寄せてくれる子の大半は引っ込み思案だ。でもたまに例外もいるわけで、例えばナベチにベタベタくっつきぱなしの日比へいか。アイツとは口を開いた瞬間に喧嘩に発展する、それもアホ毛が一本立ってるだの、キーホルダーが幼稚だの至極どうでもいいことで。そんなじゃれ合いも今となっては懐かしくも思える、あんなにウザかったのに不思議だ。
もうできなくなっちまったからかな。この見るからに妖しい女性も同じく干渉してくる側の人間か。
「わかーるわかるよ君の気持ち〜♪」
「ぶりっ子の次は懐かしのCMソング口遊んで何なんですか一体」
「何だって言わたらそれはまあ君の相談相手になるよね」
「だからいいですってば、こうしてる間にも事態は悪化するかもしれないし、これで失礼します」
探す目処が立たないまま麗亡が走って行った商店街の奥へ再び踵を返そうとする。すると耳元に吐息混じりの声が囁かれた。
「…小学生の女の子探してるんでしょ?」
「なぜそれを?」
「クフフ……知りたい?だったらおいで…私の巣窟へ、答えはそこにある…」
──クレープ屋の二店舗分隣の場所に案内人を彷彿とさせる妖しいそれはあった。
建物を見上げると枝分かれした血管模様のある黒大理石に白文字で【黒泉の舘】と刻まれている。店に入ろうと試みるがそれも憚られてしまう、何故なら入口前には約2mくらいのサモトラケのニケ像が聳え立っているから。横を素通りしたら裁きを受けそうでついつい身構える。
入ってすぐにある扉を開いて階段を数段下ると、蟻地獄も真っ青な六角螺旋階段が現れた。
ここから見渡しても最下階はぼんやりと照らされてかすかに見える程度。まさかと思い妖しいお姉さんに恐る恐る聞いてみる。
「コレどこまで行く気ですか?」
「一番下までだけど」
「いやいや!勘弁してくだいよ!移動にどんだけ労力かけさせるつもりですか、やっぱり付き合ってられません、さような─」
説得する隙も与えずに回れ右して立ち去る──が、後ろを向いた視覚は即座に裏切られた。そこにあったのは出口に続く扉ではなく、薄暗く照らされた円状の広場だった。明らかにさっきいた場所と違う。
「!?」
「さてと、これで文句はないよね?…さあ始めよっか妹ちゃん探し。ほら、突っ立ってないでそこ座っていいよ」
灯りの方へ視線を逸らせばアンティーク調の青銅色テーブルセットがあり、その天板上には謎の球体が自己主張するようにチカチカと光を放っていた。




