第41話 迷子イケメン
毎年、お約束感覚で勝ち上がってるとはいえ、いつ来ても特別な場所に違いなかった。それも高校最後の年に慣れ親しんだ競技場で、鎬を削ることになるなんてどこか因縁めいているし。これでは棄権しづらいじゃないか、、、ま、しないけどさ。
「へっきしっ!」
自らの咳で揺らぐ意識が覚醒し始める。薄っすらとした視界で掛け布団を力なく除けると、中に埋もれていたスマホのランプが点滅していた。2段階認証を手慣れた所作で解除し、一番上の通知をタップするとメールの文面が表示され、件名には『優勝しろよ』とだけ入力されている。
「プレッシャーかけんなっての」
この一言には純粋な応援だけではなく、同じ舞台へ進めなかった無念も込められているのだろう。
地方大会の決勝、ラスト200mのスパート合戦の際に他選手と足を接触させ転倒。全治2週間の捻挫を負い、インターハイ出場はおろか地方では入賞にも手が届かなかった。
だからこのゾッとするお守りは懐鬼から俺へと託された。
「ここでリベンジを果たせなければ男が廃るよな」
──電車から降りて競技場へ数分と歩くと、その周りにはスポーツショップやB級グルメなど様々なブースが所狭しと開設されている。多くの人で賑わう中、階段を登って自分の学校の拠点を探し回る。
「どこにいるんだ?Dゲート前のトイレの手前と先生は言ってたけど、見当たらんぞ」
目を凝らしながら歩いていると道を塞ぐジャージ姿の選手達が三列に並んで、一人の人物に注目していた。
「──じゃっ刃良高の底力を今年も見せつけてやろうぜ!」
『おぅーーーっ!!!』
「解散」
爽やかな笑顔でチームメイトを鼓舞する坊主頭の男子が声を上げると、規則正しく並んでいた選手達が一斉に散らばった。
全体へ挨拶を終えてからさっきの爽やかさは消え、変わりにニタニタとした表情でこちらへやってくる。
「君の友達の妹ちゃん、やっぱ可愛いなぁ〜」
その瞬間、胸がざわつき蔑む視線で睨みつける。嫌な予感がして問いたださずにはいられなくなった。
「おい、まさか昨日の忠告を無視したわけじゃないよな?」
「え〜?何のこと?まきあわかんなぁ〜い」
「一人称を自分の名前で呼ぶな、可愛いコがやるぶんにはいいが、おまえがやると悍ましくなるからやめろ」
「相変わらずの悪態っぷりだね〜てかエナメル持ったままだけどもしかして誰とも合流できてないのかな?」
「おまえには関係ない」
吐き捨てるように言い放つとその場を後にした。
──レイジは激怒した。
かの有名な作家の短編から出だしを引っ張りたくなるほど俺は怒ってる、のは冗談にしても流石に事前に知らされてた場所と違い過ぎる。
うちの学校の拠点が競技場内ではないことをついさっき連絡を受けて知った。バックストレート側から北へ1キロ程行くとサブグラウンドがあり、そこの外周部分にお馴染みのジャージを着た部員達がイベントテントを二つ構えて待機していた。
テントから申し訳無さそうに出てきて、会釈と右手をチョップにして額にくっつける懐鬼。
「わるい、先生からてっきり場所の変更を伝え聞いてるのものだと思ってたから連絡が遅れたよ」
「思い込みは危険だな、みんなして俺をハブって帰ったかと思っちまった」
「勝負の日にネガティブなこと言わない、それよりも後三十分で招集だよね?アップ付き合うよ」
「ああ、よろしく」
話しかけてきた懐鬼の口調、仕草はどこかそわそわしていて、一人に限らず他の部員達からも肌で感じとれる。それはまるで敵わない何かから目を逸らすように物憂げな雰囲気。
──心身から最大のモチベを引き出せた頃、競技場内のイベントテントにて、5000m競技の招集コールが始まった。
ランパン上の右上辺りにお守りを縫い付けて、まずは予選通過を果たすことだけを念頭に置いて気持ちを昂ぶらせる。




