第35話 呂律操り人形
「お邪魔しまーす」
「お粗末様でしたー」
とりあえず麗亡に招かれ、お家に上がらせてもらった。さっきの門扉前のやり取りに対し、口では「演技が大げさ」だとか、その他にも散々言われたが、なんだかんだ言いつつ合格点をくれる。これがツンデレってやつか。
「待て、なんでお粗末様?」
「だって自分のお家をお客さんにお披露目する時は自虐を込めて振る舞えってお兄ちゃんが言ってたよ〜」
「いやな、食後のご馳走様でしたに続く言葉じゃないんだからさ」
ナベチよ、可愛い妹に色々入れ知恵したいのはわかるが、ちゃんと知識を身に付けてからにしな。じゃないとこの純粋な妹は一般常識から外れて暴走するぞ。
このへりくだりの言葉は提供者が言うからいいのであって、作ってない人が言うと作った本人の侮辱にしかならないからよくない。
「使い方違うの?まあまあ細かいことは多目にみてよ〜、所詮お兄ちゃんだもん」
「ずいぶんな言われようだな、お兄ちゃんのこと嫌いなのか?」
「ううん、すっごく好きだよ!」
忖度のその字も知らないような無邪気な笑みを浮かべて答えた。恥ずかしげもなく身内に惜しみない好意を見せる辺り、あどけなくて小学生だなと思う。
先に上がり框前に靴を置いて、掌をちょいちょいとして招いてくる。それにやや遅れて駆け寄ると黒い扉が開かれた。
目の前には解放感のある空間が広がり、家の外観の雰囲気を裏切ることなく、茶の間も台所もちゃんとモダン。白地のカーペットを囲う黒のコーナーソファに腰かけると麗亡が隣に座ってきた。
「やーい!ヤンキー!」
やんちゃな声で、弾力を確かめるように人差し指を頬に突き立ててくる。
「急にどぅうした?」
「くっ、またサボったのかなって、今は部活の時間でしょ?」
「今日は休みだぁったんだよ」
「くっ、はいはい、わかってるわかってるよー、じゃあ今日も私んちでゆっくりしてって」
調子に乗り始め、片手人差し指から両手に変えて、2つのほっぺを突かれる。ここは大人しく応戦はしないでおいてあげよう。うまくしゃべれなくなるが。
「がっあこぉ、たんのぅしっかあ?」
「くっ、くくっ…あはっはははっ!」
言葉のイントネーションがあまりにもおかしくて、堪えきれずに吹き出し、笑い転げる麗亡。
おもちゃにすんなし。これでもめっちゃモテスポーツマンだからな。
「おいコラ、笑い過ぎだ」
「だってぇっ、へんな顔でへんな声なんだもん、くっくく、くっ」
「ほっぺで遊び倒すんじゃねえよ、そんな悪い子にはトドメが必要だな………いないな〜い」
「おねがい、もう…くっやめて…くくっ」
「ばあ〜」
掛け声と共に両手を解放して、全力の変顔を披露する。
「あっは、あっははっーっ、し、ししんどいっくくくっし、死んじゃうっ」
──笑い疲れた麗亡とその後、他愛もない話を小一時間したところで俺の学校の話題が出た。
つい最近起きた衝撃的な出来事に願わくば触れたくはなかったが、話題を振られた以上、逸らすのは男として情けない。こうなったらなるようになるだけだ。




