第34話 妹さんと小芝居
体育倉庫内で一悶着あったものの、心を入れ替えるわけもなく、その日の部活も結局サボった。
自己中なその姿勢に周りの部員から冷たい視線を送られる。走力がずば抜けていて、かつ猛者が集う最高の舞台も経験している。そんな奴が努力する連中をよそに、帰路についているのだから、仕方がない。
「帰ってもやることないし、寄り道でもすっか」
1週間近く練習をサボってしまった。そのことについて説教を食らっても、反省する気も起きない。むしろ反発するだけだ。
「このまんまサボり続けても問題ないかな」
進学どうこうは最終学年にも関わらず特に決めてなくて、とりあえず「推薦もらえるだろ」程度にしか思ってない。
例え進学できたとしても走るモチベがないなら行っても仕方がない。早々に大学諸共やめるだろうし。
──目的地に着いた。眼前にはモダンな白黒ツートンの家がある。何度も来てもこの屋根のない、スタイリッシュな外見に感心してしまう。ウチの日本家屋と比べたくなるがそれぞれに良さがあるので、競わせるだけ野暮だ。
門の側のインターホンを押す。数秒後「どちら様ですか?」と音声が聞こえて来たので「俺だよ、オレオレ」と答えたら家の扉から1人の女の子が出てきた。
「すいません、今月分はまだ稼ぎがなくて…」
門扉越しに深刻な表情で俯いて話しかけてくくる。
「いつまで待たせる気だ、先月も利子分払えてないよな?」
「そ、それは…」
指同士をもじもじと擦り合わせながら、言葉に詰まる少女。払う見込みがないのを察し、さらに要求を畳み掛ける。
「払う気がないならアンタの体で代替してやってもいいんだぜ?」
「それは…それだけはどうか…」
歯をガクガクと揺らし、首を横に大きく振る。そんな意思など気にせず解錠された門扉を乱暴に開けて、振動する肩をがっしり掴む。
「あとの話は事務所で聞くから」
「イヤ!助けてっ!」
女の子は身を竦めて抵抗する。だが体格差があまりにもあり、足を引きずって進行を遅らせるくらいしか出来ない。ここで誰かが助けに来るのが定番の流れ………のはず。
「…え……っと…」
「…………………ここで終わり?」
「……サ、サぁ〜プライズぅ〜実はドッキリでした〜、夢の国からやってきた、リッキーのいたずらだよ〜ババッ!」
言い慣れない甲高い声を出してちらりと視線を落とすと、女の子ががっかりした感じで溜息をついた。次のセリフを続けようとしたら勢いよく止められた。
「さっきまで取り立て屋のコワいお兄ちゃんだったでしょ?なんで雰囲気壊しちゃうかな〜」
「無茶いうなよ、あそこからどう繋げろっていうんだよ」
「いくらでもやりようはあるでしょ、ワゴン車に強引に積んだりとか、それか事務所での地獄の拷問のシーンとかいいシチュがさ」
両腕を上向きにくの字に曲げてありえないと言わんばかりのポーズをとる。
そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。ていうか車なんて持ってるわけないだろ、まだ未成年だぞ、それと拷問って、取り立て屋でもそこまでしないだろ、どんだけ脚色してるんだよ。
「それにキャラ切り替える時、噛んだし」
「厳しいな、そういうとこ兄ちゃんに似てるよな、あっ!ひょっとして真似してる?」
「するかっ!」
洗練された突っ込みが炸裂した。家に上がらせてもらう対価として、毎回この小芝居をやらされる羽目になる。そして辛口の女の子の名前は尋奈辺麗亡。自分が最も尊敬し、ライバルでもある尋奈辺コウの妹だ。




