第33話 トップ不在
──雨が強く窓を叩く、いつにもまして心が淀んでいく。天候に気分が左右される日はあるけど、ここ最近はずっと冴えない。
毎日欠かさなかった部活動の練習もサボって、心配するクラスの連中に愛想振りまいて、家に帰っては陸上競技雑誌を手にとってだだ同じページを眺めてるだけ。そんな日が続いた。
鬱屈した顔が染み付き始めたある日、とうとうその変わり果てた姿に痺れを切らした1人の生徒が、昼休みにやって来た。
「模合、加熊先生がめっちゃ怒ってたよ」
1人ぽつんと机に向かって、持参した弁当箱に手を付けようとしていたその時。隣のクラスの懐鬼ショウが周囲の女子たちを掻き分けて正面立った。モテ男のツーショットに黄色い声援が飛び交う。
「マジかーこわいなーそれはー」
どうでもよさそうに返事をする。顔はにっこりキープ。
「絶対思ってないよな、後で呼び出し食らっても知らないからな」
「もう行ったよ」
──昨日、体育の時限で終了チャイムが鳴ると教科担当の加熊先生から体育倉庫に呼び出された。幸い4限目だったため次の授業に遅れないかを心配しなくていい。
「どういうつもりだ?」
吊戸で閉じられた空間に先生の怒気を孕んだ声が響き渡る。その迫力に怯むことなく返答する。
「やる気でないんですよ、目標が綺麗さっぱりなくなったというか、だから練習も出たくありません」
「しっかりしろ、地区大会はもう2週間後だぞ」
「いや、もういいんですよ、出る意味ないので」
1秒でも早くこの場から逃げたくて話を強引に打ち切り、じゃっこれでと横を通り過ぎようとしたその時だった。
左手で裾を掴まれ、無理やり体の向きを360度回転させられ、背後の吊戸に激しく叩きつけられた。
その突然の出来事に思わず面食らう。
「いつまでそうやってウジウジしてるつもりだ?
同じ種目に出たくても出れないヤツだっているんだぞ、それをちゃんとわかってるのか!?」
「だったらそいつらに譲ればいいでしょ、自分は昨年の実績だけで充分なんで」
県内でも敵なし、順当に大会を勝ち進み、2年連続でインターハイへ出場した実力が自分にはある。いずれも表彰台の上だ。
「いい加減にしろ、あっと一歩で頂点を逃しておいてお前は悔しくないのか?
一昨年から雪辱を晴らそうとあんなに頑張って──」
鼓舞しようとする説得の声は途中から何も耳に入って来なくなった。目標との距離感の認識の違いにイラ立ちを隠せない。
「あと一歩だと?」
ありえなさ過ぎる言動にどうしょうもなく笑いがこみ上げてくる。すぐに冷静になり、こう続けた。
「先生、選手の心配よりも目医者行ったほうがいいんじゃない?」




