第31話 時間イジり
あまりに凄惨な有様に目を逸らしてしまいたくなる。
司令塔を失った体、そこにゆったりと流れる赤い液体で全てがコーティングされていく。獲物の胴体を人ならざる手でがっちり掴んで食事に夢中だ。
少女は戸惑っていた。
今、話しかけても大丈夫なのか?この怪物にナベチの意思は残っているのか?もし意思疎通が不可能だった時は…
最悪の事態を想定して焦燥が生じる。脳を混乱させていると人肉を貪る眼がこちらを向いた。
ただ見てくるだけ。それだけで特に襲ってくることはなかったが咀嚼音は鳴り止まない。
『次はお前もこうなるんだ』と言わんばかりのメッセージ性をつい感じてしまう。ネガティブな妄想であってほしい。
嫌だな。
こっちへ来てまだ間もないのに。変わり果てた姿とはいえ幼馴染みに殺されるのなんて。こんな所で死んだら死んでも死にきれない。
例えそうなったとしても生き返れるけど、この肉体に帰ってこれる保証は何処にもない。
少し前までいた、ここではない世界。いや、少しかどうかはあの神様によって気分でこねくり回されているんだっけ?だから時間がどれくらい経ったかはわからない。
それが遊び感覚であったにしても私はあの気移り神に大いに感謝している。
容姿と転生先の場所、時系列をイジってもらった。
何故よりにもよって魔王城にしたかと言えば想い人とじっくり恋を育んでいくにしても、その世界が危険に晒されたらそれどころではなくなるからだ。
生きとし生けるものの中で最も脅威になると言えば魔王に違いない。ラノベはあまり読まないけど絶対的強者の設定は共通だろう。
そんな敵うわけもない相手とギスギスするのではなく、味方として迎えられるように精一杯ご奉仕した。
その甲斐あって仕えてから約1カ月足らずで魔王様の専属メイドに就任させてもらえた。神にどのように尽力すれば良いかを予め聞いておいてよかった。
本来ならナベチと魔王様でマンツーマンで修業して順調に時が流れていくはずだった。
だけど神のイジりで非存在を時の狭間に無理やり插入することによって未来がめちゃくちゃ歪んでる。
結果的に瀕死状態まで追い込んでしまったことを本当に悪いと思ってる。
でもこれも全部君のせいだ…
私を置いて先立つから、しかもよりにもよってあの女と。
前世の学校では何度も告白を受けてきた、決して自惚れているわけではないけどそれだけ何もかも持っていた。
見渡す限り誰も彼もが有象無象、みんな同じ顔にしか見えない。週に2、3回は呼び出しを食らい、その都度振ってあげる。
御曹司だろうと何だろうと眼中にない。
欲しいのはただ1つだけ…君の愛…
「戻っておいで、ナベチ…」
子供をあやすように透き通った声で呼びかける。
全く聞く耳を持たず、原形を留めてない肉塊を口内の奥行きを最大限に使って美味しそうに頬張っている。
…幼い頃から彼が好き、今も、そしてこれからも。
先程まで恐がっていた事が嘘のように、食事を楽しむ怪物の巨躯に手を回して優しく抱きしめた。
『グ、グオ?』




